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闇色のセレナーデ 最終話  少女とおじさんと、白いパンティー


























【最終話】



すべてが終わった。
卓造はパンパンに膨らんだビジネスカバンに、同じくめいっぱいに膨らんだリュックサックを背負い、空いた片方の手には、破れそうなほど詰め込まれた紙袋を二つぶら下げた出で立ちで、20年間通い続けた職場を後にした。

見送る者は誰1人としていない。
2階3階の窓から好奇な目で覗いている輩が、数人はいたように感じたが、敢えて気付かない振りをした。

「会社、辞めちゃったの?」

「ああ、やめた」

たった1人で出迎えてくれた少女に、卓造はぶっきらぼうに答えていた。

「どうするの? これから」

セーラー服の少女は、卓造の手から紙袋をひとつ奪うと先導するように歩き始めた。

「うーん、そうだな。これから職安へ行って、新しい働き口を探すしかないだろうな。このままだと、飼い猫のミニィまで養えなくなっちまう」

「ふ~ん、大変なんだね、おじさんも。でも、こんなヨレヨレ営業マンを雇ってくれる会社なんて有るのかな? 今の会社でも、『窓際さん』だったんでしょ?」

纏わりつく少女は、ヅケヅケとした物言いで悪びれもせずに話しかけてくる。

「だったらさ、キミのお父上様にでもお頼みして雇ってもらおうかな? 草むしり、トイレ掃除、交通整理、社内の揉め事、みんなまとめて引き受けてあげるからさ」

「それって、本気なの?」

「ああ、大本気さ。生きていかなくっちゃ、いけないからね」

卓造はストライドを拡げると、少女の隣に並んだ。
偶然を装って肩をひっ付けようとしたら、ぶら下げた紙袋がジャマをする。

「ふ~ん、ふ~ん……それなら頼んであげてもいいけど、条件があるの」

「条件? なんだよ、それ?」

不意に少女の足が止まった。
卓造の足も止まる。
目の前の横断歩道の信号が、それに合わせて青から赤に変わった。

「あのね……『私、佐伯卓造は、小嶋千佳を心から愛しています。飼い猫のミニィと一緒に彼女と同棲します』って。宣言してみせてよ。大きな声で」

「ここで? それをやるの?」

「うん。しないのなら、頼んであげない」

見つめる少女は黒い瞳をクリクリさせたまま、悪戯っ子の笑みを作った。
ただし、その笑みは次第に薄れていき、哀しいくらいの真っすぐな眼差しが取り残されていた。

「わかったよ、千佳。宣言する。いや、宣言させてくれ」

卓造は鼻の穴を拡げて大きく息を吸い込んだ。
声帯をこれでもかと震わせて、想いを詰め込んだ声を吐き出した。



横断歩道の信号が、また赤から青に変わった。
あっけに取られて顔を向ける歩行者に祝福されて、卓造と千佳は足取りも軽く歩き始めた。
触れ合う紙袋と紙袋を触れ合せて、通じ合う心の中の手のひらと手のひらを恋人繋ぎしてみせて。

「藤波の妹さん、無事にアメリカに着いたって。付き添って行った藤波さんから連絡があったわ」

「そう、良かったじゃないか。渡航費から向こうでの手術代は結局、和也君が自腹を切って払ったんだってね。メチャクチャなワルだったけど、一応、筋は通したんだ」

「うん。あんな男でも、一応、千佳のお兄さんだった人だから。今頃なにをしてるのか知らないけどね」

駅前の繁華街を通り抜け、子供たちの歓声で沸く市民公園の前に差し掛かっていた。
卓造にも千佳にも、辛い記憶でしかない処なのに、なぜだか切ないモノを感じた。

「ところで、さっきの仕事の件だけどね。卓造にぴったりの役職は何かなって、考えてたわけ」

「ふ~ん……それで、窓際族候補&ヨレヨレ営業マン向きの職場は見付かった?」

『おじさん』から『卓造』に呼び名が変化しても、卓造は気にも留めない。
当然と言った顔付きで、千佳に続きを促した。

「こんなのは、どうかな? 『小嶋技研副社長付き、見習い秘書』ってところで」

「はぁ、なんだいそれ? この俺が秘書だって? 無理だよ、そんなの出来っこないだろ。きっと新しく就任した副社長にどやされて、早々にお役ご免にされちまうよ」

「そうかな? わたしとお父さんでビシビシスパルタ教育するから、きっと凄腕の秘書さんになるのは保証済みなんだけど」

「ビシビシのスパルタねぇ……でもなぁ、現役女子学生の商品保証だけじゃなぁ」

卓造がお手上げを示すように、間の抜けた声をあげた。
千佳が聞き耳を立てるように首を傾げた。
そして、「えっへん」と咳払いをしてみせる。

「もしも~し、佐伯卓造君。その美少女現役女子学生は、あなたの知らない顔を持ってたりするのです」

「へぇ、千佳のことなら、お尻の穴のシワの数までチェック済みだと思ってたけど。他になんかあったかな?」

「も、もう! こんな処でなんてこと言うのよ。ほら、小さいお子様がこっちを見てるでしょ。それよりも、う~ん、焦れったいんだから。わたしはね、小嶋技研創業者の1人娘なのよ。あの人がいなくなって、只今たった1人の後継者なの!」

千佳の声音は、大きくなったり、小さくなったり。
終始不安定のまま、早口で一気に捲し立てられる。

「へっ? ということは……?」

万年真っ平らな三流営業マンでも、ビビッとくるモノがあったようだ。

「もしかしてだよ。そのぉ、もしかしてだけど、副社長って……?」

千佳が自分を指差して、にこっと笑った。
白い前歯がキラリと輝く。

「申し遅れました。わたくし、こういう者です。へへっ♪」

セーラー服の少女が、胸ポケットから取り出した名刺には……?

「『小嶋技研副社長 小嶋千佳』って……? ええっ! 千佳が、俺の上司?」

「うん、そういうこと。卓造君、頼りにしているぞ……なんて♪」

卓造の眉がピクピクと痙攣した。
嬉しいけど、なんとなくゾッとして。
世の中とは、生き馬の目を抜くほど厳しいモノだと思っていたのだが……

ピュウゥゥッッ……!

その時だった。一陣の風が渦を巻くようにして吹き付けてきた。

「キャアァッ! やだぁ、ちょっと……」

卓造の隣で、濃紺のスカートがふわりと持ち上がる。
健康的な太股が露出して、その付け根に貼り付いた逆三角形の薄い布切れも。

「おっ、春一番かな。それにしても女子学生のパンティは、やっぱり白に限るね」

「ああぁっ! 見たな卓造! 千佳のパンツ、見たでしょ? エッチ! 変態! 許さないからね♪」


【闇色のセレナーデ 完】








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