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公園に佇む美しき裸像

















(10)



        篠塚美里の視点


        「あれって、典子お姉ちゃん? 何しているんだろう?」

        公園中心近くに拡がる円形の広場で、わたしは知っている人を見かけた。
        知っている人なんて、そんな遠回しな表現は変かもしれない。

        血は繋がっていないけど、美里のお父さんなんかよりずっと大切な人。
        心から『お姉ちゃん』って呼べる美里の憧れの人。

        「だけど、どうしたの? いつもの明るい典子お姉ちゃんとは別人みた
        い」

        典子お姉ちゃんは、たったひとりで所在無げに佇んでいた。

        青白い微かな月明かりの中に、シルエットのように浮かぶ優美な輪郭。
        暗闇の中にあっても自己主張しているような、艶やかな光沢を帯びた黒
        髪。
        すらりとした身体つきなのに、くびれたウエストからヒップにかけての
        女性らしい滑らかな曲線。
        同性の美里でも、思わず嫉妬しちゃうような身体を包み込む、この季節
        らしい花柄のあしらわれたワンピース。
        ぼーっとした頭には、背中を向けて立つ彼女から、ほとばしるようなオ
        ーラまで見えた気がする。

        ホントに典子お姉ちゃんなの。

        わたしは引き寄せられるように、典子お姉ちゃんに近づこうとした。
        足音を殺して一歩二歩と、まるでカメが這うように。

        同じ女性なのにおかしいよね。心臓をドクドクさせているなんて。
        絶対に変だよね。胸の奥をキュンとさせているなんて。

        だけど、近づくにつれて心がグラつき始めた。
        理性が警告するの。これ以上、近寄ってはいけないって。
        今すぐに引き返しなさいって。

        今になって、霧に包まれていた頭の中がクリアーになっていく。
        夢から覚めたときのように、全身が重力を感じてリアルな視線をその人
        に送った。

        「ごめんなさい。典子お姉ちゃん」

        わたしは空気を振動させないように呟いていた。
        そぉーっと、空気を乱さないように背中を向けていた。

        美里のバカ。典子お姉ちゃんのデートのジャマをしてどうするのよ!
        典子お姉ちゃんは、あんなに美人なんだから、そろそろ恋をしたって仕
        方ないじゃない。
        そうよ、前を向いて生きていくのには仕方のないことなの。

        カメのようだった足の運びをウサギに切り替える。
        足音にだけ注意を払いながら、広場の端にそびえ立っている巨木のたも
        とを通り過ぎようとしていた。
        その時だった。

        「典子、いつまでグズグズやっているんだ!」

        イラついた男の人の声に足が止まった。

        「でも、やっぱり無理です。ここでなんて……」

        「なにが無理なもんか。この程度のことをこなせないでどうするんだ。
        それとも俺との仲を解消して、またひとりぼっちで戦うつもりか?」

        「い、いえ……そんなつもりは……ああぁ……わかりました。言う通り
        に……します」

        その会話は、女の子の心を揺さぶる甘いデートとは程遠いもの。
        わたしはもう一度振り返ると、木の陰から声のする方を覗いた。

        典子お姉ちゃんの隣に、背の高い男の人が立っている。
        きちんとスーツを着込んだビジネスマンって感じの人だけど、誰?
        典子お姉ちゃん、誰なの? その人は?

        手のひらに汗を滲ませて、わたしはゴワゴワとした木の幹にしがみ付い
        ていた。
        ここからだと気付かれるわけがないのに、息苦しいまでに呼吸も制限し
        ていた。

        そんな中で、うつむき加減だった典子お姉ちゃんの背中が小さく揺れた。
        なにかに操られるように右手が背中に回されて、ファスナーをゆっくり
        と下ろしていく。

        「どうして? 典子お姉ちゃん、そんなことをしたら?!」

        音のない世界に、哀しい嗚咽が聞こえた。
        同時に、花柄のワンピースが肩から背中へと順を追うように脱がされて、
        その下から白く輝くような肌が露わにされていく。
        月明かりのステージの下で、腰まで引き下ろされたワンピースを巻き付け
        たその姿は……
        そう、大理石で彫られたギリシャ彫刻。

        「きれい……典子お姉ちゃんの背中」

        わたしは思わず声を漏らしていた。
        その一方で、白磁のような背中にあるモノが見当たらなくて、違和感も
        覚えていた。

        典子お姉ちゃん、ブラはどうしたの?

        その間にも、両腕が滑らかな動きをみせてワンピースを足首から抜き取
        っていく。
        前屈みになった典子お姉ちゃんが、豊かに発達したお尻を美里の方に向
        けて突き出している。

        「えっ! そんな……典子お姉ちゃん、下も穿いてないの?!」

        今度は、息を飲みながら呟いていた。
        闇が立ち込める空間に、楕円形に拡がったお尻だけが強調されている。
        ツンと上向いて張りのあるキュートなヒップ。
        美里の発展途上のお尻と違って、成長しきった大人の女性のお尻。

        でもでも、とっても変だよ。
        ここは、身体を洗うバスルームじゃないんだよ。公園なんだよ。
        それなのに裸になるなんて……

        典子お姉ちゃんが、身体の向きを変えた。
        大好きな典子お姉ちゃんの横顔が、美里の目に飛び込んでくる。

        「ううぅっ……拓也さん……みないで……恥ずかしい……」

        「ふふっ、なにが見ないでだ。ワンピースの下に何も着けずに来るよう
        な露出狂が、恥じらいを見せてどうする」

        「……ひどい。これは拓也さん、あなたが命じたから」

        典子お姉ちゃんが、声を振り絞りながら男を睨みつけている。
        胸のふくらみと大切な処を手で隠して、それでも視線だけは男に向けた
        まま外そうとはしない。

        わたしの胸は、拓也って名前に鋭く反応した。

        拓也?……河添……拓也?!

        偶然。きっと、たまたまだよね。
        でも、どうして典子お姉ちゃんに、この男はこんなひどいことをさせる
        の?
        どうして典子お姉ちゃんは、こんな男に従わされているの?

        美里の記憶が、優しいまなざしの典子お姉ちゃんを呼び起していた。

        柔らかくて、包み込まれそうな笑顔しか見せなかった典子お姉ちゃん。
        これは試食のアンパンだけどって、冗談を言い合いながら頬張った温か
        い想い出。

        美里の家族の悩みから、学校生活のこと、クラブ活動のこと。
        ちょっと胸をときめかしたこともある、女の子の恋のお話まで、なんで
        も語り合えて……
        でも今の典子お姉ちゃんは……

        肌を晒す羞恥心に、キュッと前歯を噛み締めて。
        美里には見せたこともない、眉毛を吊り上げた怖い表情。

        戦っているんだ。
        典子お姉ちゃんは、この男と身体を犠牲にして戦っているんだ。
        その理由を美里は知らない。だけどきっと……

        だとしたら、早く助けないと!
        でも美里は何をしたらいいの?

        幻想だったギリシャ彫刻が乗り移ったように、身体が言うことを聞いて
        くれない。
        頭の中がグチャグチャに掻きまわされて、考えがまとまらない。

        「おい典子、いつまで隠してるつもりだ。さっさとその手を外して、生
        まれたままの姿を晒すんだ」

        男がいやらしい表現で、典子お姉ちゃんに命じた。
        その低くてお腹を貫かれそうな声に、わたしまで凍りついていた。

        「ごめん、典子お姉ちゃん。美里にはまだ……」

        わたしは広場に背中を向けた。
        ふらつく足で、その場を逃げるように立ち去っていた。

        悔しそうに、握りこぶしを作った両腕が震えている。
        唇を噛み締めすぎて、口の中に血の匂いが漂っている。

        美里にもできること? それってなんだろう?
        頭の中で語りかけてくる、お父さんの話し声。
        拓也っていう男の声。それに悲しげな典子お姉ちゃんの声まで……

        淡い輪郭のようなものを胸に描いて、その足は自然に父という男の住む
        家へと向かっていた。






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