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正常位でお願いします























(九)


八月 十一日 月曜日 午後8時三十分  早野 有里
   


        「そうですか……では、事前の打ち合わせに入りましょうかぁ。
        えーっ、有里様にお聞きします。
        初エッチは、どの体位がよろしいでしょうかぁ?
        ご希望があれば、どうぞぉ……」

        「えっ、体位……?!」

        ぼーっとしているうちに、この人なにを言っているの……?
        ……その、姿勢ってことよね。
        男の人と女の人がエッチをする時のフォーム……?
        ……ちょっと違うかな。

        でもこっちから詳しく聞くのって、なんか恥ずかしい気がするし……
        こういうときには分りませんって顔をして、じっと黙っているのが一番
        かも……

        そうしたら案の定……
        わたしが困惑していると思ってくれたのか、副島は一枚のイラストを見
        せてくれた。

        どれどれ……?
        ……えっ?! なんなのよッ?!!

        正常位・バック・騎乗位・座位・その他色々……?!
        キャラクターの顔がみんな笑顔でぇッ……?! 
        ……それで裸でぇッ……?!
        ……セックスぅッ……?!
        ……なにが、愛する男女の漫画解説よぉッ!

        なにを印刷したのか知らないけど、目をそらしながら、ついつい見てし
        まったじゃないッ!!
        こんなもの見るんじゃなかった。
        ……顔が一気に火照ってきた。

        「やはり初心ですねぇ。有里さん、可愛いですよぉ」

        「それって、褒めているんですか……? それとも馬鹿にしているんで
        すか?」

        「どっちにとられても、構いませんよぉ」

        悔しいけど……この中から選べってこと……?
        わたしの初体験の、これが体位……?

        きみまで、なに、ニヤニヤしてるのよ。
        ……わたしだって……その……するときに、足をひらくことぐらい知っ
        ているわよ。
        ……でもね。本当に大切なのは、恋人や夫婦がベッドで寄り添い結ばれ
        ていく……
        そうよ。わたしが知っているのは映画のラブシーンみたいなものよッ!
        仕方ないじゃない。まだ経験がないんだから……

        わたしが決めかねているのをいいことに、副島はパンフレットを取り上
        げた。

        「答えたくなければ、それでもいいですよぉ。
        その時は、好きなようにやらせてもらいますからぁ。
        そうですねぇ。私の好みとしては、騎乗位、バックなどですが……
        そうそう。ここには載っていませんが、張り形で自らの処女膜を破ると
        いうのも……いいですよねぇ……ククククッ……」

        「いやッ、やめて下さいッ……!」

        そんなのムチャクチャ! もう聞きたくない。

        わたしは耳を塞ぎたいのを我慢して副島からパンフレットを奪い返すと、
        目をそらすようにしてなるべく普通そうな姿勢を探した。

        どれよ……どれが標準……?
        早くしないと……わたしの初体験、メチャクチャにされる。

        そして結局、記されてある単語を信じることにした。
        正という字があるんだから普通なんでしょ。

        「あの、決めました……正常位で……お願いします……」

        でも、自分で言うのもなんだけど声が小さい。

        「すいません。聞き取れませんでしたぁ。
        ……何、張り形ですかぁ? それはそれは……」

        この人、わたしを辱めて楽しんでいる。
        契約に立ち会った松山先生と同じ性格みたい……

        ううん、今はそんなことより……
        ものすごく悔しいけど、そんな恐ろしいこと絶対阻止しないと……!

        「違います。意地悪しないで下さい。
        ……せ、正常位でお願いしますッ……!!」

        あーあ、大きな声で言っちゃった。
        それなのに副島って人……にやついたスケベそうな目でこっちを見てる。

        「そうでしたかぁ。正常位ですねぇ……承りました」

        どうして、この人……
        こんなときだけ礼儀正しそうに挨拶するのよ。

        また、胃が痛くなってきちゃった。



        「それでは、有里様。ショータイムを開始いたしましょうかぁ」

        副島はうきうきとした顔で、何かの劇でも始めるように大げさに宣言し
        た。

        いよいよ始まった。

        わたしも覚悟を決めようと、お腹に力を入れてこぶしを握り締める。

        「では有里様。カメラの前で御主人様にご挨拶を……」

        副島は、ポケットからプリントアウトしたコピー用紙を取り出すとわた
        しの手に持たせた。
        そして、これを読めと目で合図をしてきた。

        さっきのイラストのこともあるし、どうせろくでもないものに決まっている。
        わたしは警戒しながら下読みを始めて……案の定、途中で読むのを止め
        た。

        なによ、この文章……!
        生まれたままの姿……! 処女喪失ショー……!
        その上、顔の表情まで指示している。

        冗談じゃない。こんな物ッ! として、床に投げ捨てようとしたけど……
        その手が止まった。

        ……なぜ、きみが止めるのよ……?!
        それに、どうしてそんな悲しい顔をするのよ?

        これから、恥ずかしくて辛いことをしなければいけないのに、こんなこ
        とで逃げるのかって……?

        ……でも……それは……
        …… ……
        あーあ。それを言われたら反論出来ないじゃない。
        ……確かにそうだよね。
        これから男の人の相手をするのに……このぐらい何ともないよね。

        ……きみの言うとおり。
        そうと決めれば、ここは手抜きなしでいくよ。

        わたしの長所は何事も一生懸命……これはお父さんと一緒……
        例えそれが辛いことでもね。

        わたしは指定されたメインカメラの前に立つと、深くお辞儀をした。
        そう、ポニーテールの髪が下に垂れ下がるくらいに……

        そして、とびきりの笑顔を作って挨拶を始めた。

        「はじめまして、早野有里と申します。
        このたびは父の治療費を援助頂き、誠にありがとうございます。
        このお礼といっては、何ですが……
        ……ど、どうぞ私の身体を、ご、ご主人様の鑑賞用コレクションとして
        ……存分にお役立て下さい。
        き、今日は、ご挨拶代わりに……ゆ、有里の生まれたままの姿と……性
        感調査、そして……し、処女喪失ショーを、余すことなくお見せいたし
        ます。
        お見苦しいとは思いますが、最後までお付き合い下さいませ……」

        途中、ちょっと声が詰まり掛けたけど……まあ合格かな。
        さあもう一度。
        丁寧にお辞儀をして思いっきりのスマイル……

        良く頑張ったね……有里。

        ……でも、気付かれなかったかな?
        頭を下げた時、両目から水滴が落ちて床に染みが出来たことに……





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