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涼風の御霊よ我に力を……























(19)
 


「では約束通り、まずはこの社を焼き払ってくれようぞ! ものども、準備はよいな?」

牛頭をした鬼、阿傍の揚々とした声が建物の中にまで伝わってきた。

「あなた、このままだとお社が……?」

「ふっ、心配するでない三鈴。先ほどの天上神との契約の際、この件も伝え申した」

お父さんが諭すようにお母さんに話している。
でもなぜかな? わたしにはお父さんが自分自身を諭しているように感じるんだけど。

「かかれいッ!」

(ウガァァァァッッ! グゴォォォォッッ! 燃えろ燃えろ燃えろぉッ!)

突然、地鳴りのような呻き声が建物の外から聞こえた。

阿傍の指揮でお社への一斉放火が始まったみたい。
ちょっと見てくるわね。

わたしは扉板をすり抜けるとふわりと飛んだ。
触れたって火傷しないのに、放射される炎を避けながら桧皮葺の大屋根の上まで舞い上がっていた。

バチッ……バチバチバチ……バチッ!

そんなぁ。こんなことって……?!

視界を遮る大量の火の粉とゆらゆらと揺れる大気。
本殿だけじゃない。境内も山門もわたしたちが暮らしている母屋も。
みんなみんな、炎の渦に飲み込まれている。

山門の外側では2列に並んだ100体くらいの鬼の頭が、口から紅蓮の炎を吐き出しているのが見えた。
なにか大声で喚きながら、阿傍が片手を振り上げている。

いくらお父さんが大丈夫って言っても、これじゃわたしたち焼け死んじゃう!
涼風のお社も全焼しちゃう!
早く消防車を呼ばないと……だけどなんて言えばいいのよ。
まさか、魔モノに襲われて火事ですって……多分信じてくれないよね。

「ぐぅぅっ、こしゃくなぁッ! なぜだ?! なぜ焼け落ちんッ!」

でもどうしてかな?
炎に包まれたお社を阿傍が憎々しげに見上げている。

確かに、これだけの炎を浴びせかけられているのに、涼風のお社は未だに無傷なんて……?
それに、そんなに熱くも感じない。というか全然平気かも。
これがお父さんが話してた、神様との契約ってこと? 天上神様の力なの?
だったら、どうしてわたしたちにこんな酷い試練を…… 

「阿傍よ、ちと苦戦しているようだな」

「くそぉッ。どういうわけか、燃え広がらんのだ」

「うーむ。これはおそらく結界。
封魔護持社を守らんがため四巡の奴、天井神となにやら契約を結んだのやもしれん」

「ならどうする羅刹?」

火力の落ちてきた鬼の頭を殴りつけながら、阿傍はあごに手を当てる羅刹を横目で睨んだ。

「ふふっ、ならば知れたことよ。本殿に引き篭もるあ奴らに見せてくれようぞ。
我らの業火に包まれる己が街の姿をな!」

地鳴りするような羅刹の声。そして眼下に広がる夜景を見下ろしている。

これって、お父さんとお母さんに聞かせるために?
ふたりを本殿からおびき出すために?

卑怯よっ! 鬼のくせにもっと正々堂々と戦えないのっ!
って、それどころじゃないんだ。急がないと。

「あなた、このままでは街が炎に……」

「うむ、そのようなこと言われなくても分かっておる。
しかし、我にもお前も霊力がほとんど残ってはおらぬ。
このままでは、犬死するが必定。何か手立てを……」

わたしが本殿へ戻るまでもなく、ふたりの耳にも羅刹の声は届いていたみたい。
お父さんは目を閉じたまま天井を見上げ、お母さんは思い詰めた表情で床を見つめている。

「あなた……ひとつ策がございます」

しばらく続いた静寂を破るようにお母さんが呟いた。
でもその顔色は白色を通り越して真っ青になっている。

「観鬼の手鏡を……
魔を砕くあの鏡には我ら人には扱えない霊力が蓄積されていると聞いたことがあります。
そう、始祖鬼巡丸と共にした巫女、涼風の御魂がこの中に」

「三鈴、そのことを誰から?」

「今はそれを説明している暇はございません。さあ、早く手鏡の霊力をその剣に」

「だが、そんなことをすれば三鈴。お前の命が危ういものになるやも知れんぞ」

「それでも構いません! もうすでに覚悟はできております」

お母さんが胸の前で、観鬼の手鏡を抱いた。
逃げるときになんとか拾い上げた白衣を肩に掛けただけの姿で、お父さんを見つめた。
その瞳で決断を促した。

どういうこと? 命が危ういってどういうことなの?
まさかお母さん、自分の命を賭けて……?!

イヤァァァッッ、そんなの絶対にダメェェッッ!

わたしはお母さんに抱きついた。
抱きつきながら向い合せに座るお父さんをすがるように見上げた。
『そんな恐ろしいこと、お父さんは絶対にしないよね』ってお願いしながら。

「どうした四巡ッ! 出て来ないなら仕方あるまい。街に火を放つぞぉッ!
ものどもぉッ、準備はよいなぁッ!」

そんなわたしの気持を羅刹の声が踏みにじる。
そして、お父さんがお母さんに負けないくらい顔色を青くして頷いた。
手にした剣の刃先を手鏡の中心に添えた。

「覚悟はよいな、三鈴」

「ええ、あなた……」

ダメェェッッ! しちゃダメェェッッ! イヤァッ、イヤイヤイヤイヤ……イヤァァァァッッ!!

剣が鏡の中へと吸い込まれていく。
音もなく静かにそれが当然の姿のように……

鏡から溢れる光の放射線がお母さんを照らした。
刃を突き立てるお父さんを照らした。

お母さん、優しい目をしている。優しい笑顔をしている。
お父さんの剣を受け入れながら、眼尻が垂れて緩んだ頬のまま唇を動かした。
細い声で囁いた。

「神楽、元気でね……」って。



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