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伸ばした両手 届かない夢 その2






















(15)


(回想) 3月 21日 金曜日 午後9時   岡本 典子


       
それは、つい2週間ほど前の夜のこと……
私はいつものように、近くの定食屋さんで、アルバイトのお仕事をしていたの。

あと1時間……
……あと30分。ファイト! 典子!

ここ最近休みなく働いていたから、もうクタクタ! もう限界! って感じで……
いよいよ、オーダーストップねって時に、その悪魔さんは入って来た。

ひとりだけで、疲れているのか顔を伏せたまま、席に着いても身体を壁に寄り掛からせている。

典子と一緒。だいぶ参っているみたい……

ちょっとだけ母性本能をくすぐられた私は、足音を忍ばせるようにして、その人の元へ向かった。

「いらっしゃいませ……ご注文は……?」

お水をテーブルに置きながら、横目をチラリと走らせる。

お酒……かなり飲んで来たのかな?
顔が真っ赤じゃない。
それに、なんか暗ーい感じ……

その人は、虚ろな目でメニューを眺めていた。
多分酔っぱらっているのに、全然楽しそうじゃない。
……というより、これってやけ酒飲んで来ました! っていう雰囲気?

ここは、あまり関らないように、さりげなーく距離を置きながら……

「ご注文が決まりましたら、お呼び……きゃッ?!」

突然、腕を掴まれていた?!
掴んだまま、強引に引き寄せられていた。
衝撃で薄っぺらいメニュー表が、はらりと床に落ちていく。

私は、なにが起きたのか理解できずに、それでも取り敢えず小さく悲鳴だけあげた。

「お、お客様……お、お放し……放して……」

メニューが決まったのなら、口で言えばわかるのに……
私、まだ若いから耳なんて遠くないのに……

その人は無言のまま、私の顔を見つめていた。
あごから口、鼻、目、眉毛と視線を昇らせて、また典子の両目に舞い戻って来た。

鼻が混ざり合ったお酒の匂いを嗅ぎ取っている。
視野の正面で見据えたその人の顔に、私の脳も探し物をするように、過去の引き出しを次々にひらいている。

「の、典子っ……!」

「た、拓也……さん……?!」

頭の中で映像が浮かび上がる前に、くちびるが勝手に動いてた。
でも、その人は、確信を持って叫んでた。

拓也って呼んだ人の目が、みるみる正気を取り戻していく。
脳が慌てて用意した資料と間近に見る彼の顔に、私の顔は真っ赤に染まっていく。

閉店間際で、お客さんがいなくて良かったね。
楽天的な典子が、語り掛けてくる。

こんな場面、オーナーさんに見付かったら、面倒なことになるよ。
心配性な典子が、オロオロと周囲を見回している。

「7年? いや、8年振りか……
驚いたな……まさかこんな所でお前と再会するとはな……」

「そ、それは私も同じ。
今頃になって、昔の人に会うことになるなんて……」

心は、初心な17才にタイムスリップしていた。
拓也……河添拓也。
自分勝手で強引で……無理矢理私を好きにさせておきながら、少女の私を弄ぶだけ弄んで捨てた、ひどい人……

そんな彼がどうして今頃になって、私の前に姿を現すのよ。
どうして、このタイミングで再会なんかするのよ。

……これって、神様の悪戯? 運命の悪戯?


30分後……
バイトを終えた私は、待ち合わせていた河添と一緒に、オフィスビルが立ち並ぶ大通りを歩いていた。
前を歩く彼から3歩ほど後ろを、夜の冷気に肩をすぼませて、言葉も交わさずについていく。

お昼間はビジネスマンで活気のあるこの一帯も、午後10時を大きくまわったこの時間では、歩いている人もまばら。
それにもまして、下町でパン屋を営んでいた私にとって、この付近は、まるで別世界。

私と彼って、知らない人が見たらどう思うかな?

夫婦……? 私のぎこちない歩き方から、それはないよね。
だったら、兄妹? こんなに顔が似てないのに、もっと有り得ない。

だったら……そうだとしたら……不倫? 禁断の愛? 許されざる仲?
やっぱり、そう見えるかな?
ううん、たぶんそう見られてる……かも……

「随分冷えてきたな。コーヒーでも……」

河添の指が、24時間営業って看板のあるファミレスを指差している。
私は返事をする代わりにうなづいていた。

人の暖かみを感じないコンクリートの行列の中で、その建物から漏れるオレンジがかった明るい照明が、心のオアシスのように思えて……

今、思い出しても、あの時の私の心理って、どうなのかな?
よく思い出せないし、実際のところよくわからないの。

ただ、これだけは、おぼろげに覚えてる。

典子の中の誰かが、『夢を掴むチャンスは、この瞬間だよ』って、背中を後押ししてた。
胸の中に住んでいる、博幸の笑顔が、霞んで揺らいでいた。

そして、ものすごく寒くて凍えそうで、早く暖まりたいって、私は本気になって言い訳を探し求めていた。



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