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先輩ナースの嫉妬























(五十一)


八月 二十五日 月曜日 午後二時三十分  水上 千里
  


「水上さん、ちょっと聞いてるのッ!」

「ええ……それで、話はそれだけですか……?」

「あなたねぇッ、いくら松山先生のお気に入りだからって、あまり頭にのると痛い目に合うわよッ。
新入りは新入りらしく、大人しく地味に下積みの仕事をすればいいの。
……わかったわね!」

私は先輩ナース数人に突然ロッカールームに呼び出された。
そして取り囲まれ、彼女たちは怒りに任せた厳しい口調を私に浴びせ掛けた。

どうやら私を松山先生が診察時に連れ歩いているのが、先輩方の気に障ったみたい。

譲れるものならこちらから喜んで譲るんだけど……
でもそんなこと、私に言われても……ねぇ。

……それに私、こういう人たち大嫌いなの。
いつも先輩面吹かせて仕事もロクにしないのって最低!!

「あの、もういいでしょうか?
私、勤務中ですので……」

「まだ話は終わってないわよ。
……大体なによ、その澄ました顔は……なんかッイラつくわねッ!」

威嚇しようと思ったのか、ロッカーの扉を蹴りあげている。
ほとんど中学生の不良レベルって感じ。
こんな人でも看護師資格を保有していると思うと悲しくなってくる。

「これはどうも失礼しました。
ただ、この顔は生まれつきですので、変更するわけにはまいりません。
では、これで……」

「待ちなって言ってるんだよッ!」

「……クッ!」

先輩ナースのひとりが私の肩を掴んだ。
名前は確か……井本京子。
この病院のお局ナースの長老だと誰かが言ってたような……?

顔はまあまあだけど、この性格ではねえ。
へたをしたら一生独り身かも……

「その肩の手、除けてもらえませんか?
私、あなたたちと違って忙しいんですよ」

「ふーん。いい度胸ね。
私にそんな口をきいたのは、あんたが初めてだよ。
そこまでため口叩くんなら、覚悟はいいだろうねぇ。
謝るなら今のうちだよッ!」

「……そうよ、あなたの態度が気に入らないのよ……」
「……そうよ……そうよ……」

取り巻きのナースが騒いでいる。
どこにもいるのよね。こういう主体性のない人たちって……

ただ怒らせすぎたかな……?
取り巻きの輪が一気に狭まってきた……
……まずいかも……!

バタンッ……!!

その時、勢いよく扉のひらく音が……?!

「水上さーん、いますかーぁっ? 整形外科の○○先生がお呼びですよーぉっ……」

「は、はーぁいっ、今、行きまぁーすっ!!」

瞬時に私は返事をしていた。
誰か知らないけど、助かったわ。
突然の呼び出しと私の大声に取り巻きの輪が乱れ、その隙に私はロッカールームを飛び出した。



「ふーぅ。助かった……」

慌ててフロアーに戻った私は、ひと息吐くように大きく息を吐き出した。

「ありがとう茜ちゃん。おかげで殺されずに済んだわ……
それで、○○先生は……?」

「ああ、そんなのデタラメです。
水上先輩がお局集団に連れて行かれたって聞いたから、慌てて追い掛けてきたんですよぉ。
……間に合って良かったですね」

「ほんと、茜ちゃんの機転の早さには感心するわ。
改めてありがとうね。
……でも、こんなことしてあなた大丈夫なの……?
あの人たちに目を付けられないようにしないと……」

「うふふっ、わたしは平気ですよぉ。
逃げるのは昔から得意ですから……
……あっ! いけなぁーい。
患者さんの包帯を取り替えていたんだっけ……
それじゃあ失礼します。水上先輩……」

まるで小動物みたいな動きで、彼女は廊下を走って行った。

しょうがないわね……
院内は走るなって指導されたでしょ。
でも、ありがとう茜ちゃん。

彼女の名前は、榊原茜。
私よりふたつ年下の19才と聞いている。
ちょっと子供っぽい仕草をすることもあるけど、明るくて天真爛漫な性格から誰からも好かれているみたい。
私がこの病院にきて最初に知り合ったのも彼女だった。
この病院での勤務日数は茜ちゃんの方が上なのに、ナース経験だけで私のことを先輩と呼んでくれている。
可愛い後輩と言っていいのかな。
今度休みが合えば、ケーキでもごちそうしようかな……?

「ああそうだ! 水上先輩。
連絡事項を報告するの、忘れていましたぁ!」

走り去ったはずの彼女が、廊下の端から顔だけ突き出している。

「なぁに? 茜ちゃん?」

「松山先生が水上先輩にって……
突然急な仕事が入ったので、明日の面接を2週間ほど先送りします。
あしからず……とのことです。
……確かに伝えましたからね。では、今度こそ失礼しまぁーす」

「あっ、茜ちゃん?! ちょっと……!」

返事を返そうとした時には、彼女の姿は風のように消えていた。

でも、いったいどういうこと?
あの男の方から持ち出しておいて、突然延期だなんて……?
そんなの勝手すぎる……!

「これじゃ私。蛇の生殺しみたいじゃない。……もう!」

それと……茜ちゃん、声が大きすぎるよ。
あんな大声で松山先生なんて言うから……ほらぁ。
ロッカールームからバタバタって足音が……

さあ、長居は無用ということで、私も消えちゃおうっと……



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