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豪華なふたりだけの夕食























(二十四)


八月 十四日 木曜日 午後五時  早野 有里
 


わたしにとっての悪夢の日から二日が経っていた。

「有里ーっ。あなた宛てに、荷物が届いているわよーっ」

その日の夕方……
ベッドで休んでいるわたしを、お母さんが呼んだ。
もう少し、こうしていたいんだけど……

あら、きみ。来てたのね。
なによぉ、その目は……

今日はバイトをさぼったのかって……?
…… ……
残念でした。
今日はお店、臨時休業だったんですぅーっ。

それで、今まで昼寝をしていたのかって……?
…… ……
それは……当たり……

……だって、言うでしょ。
寝る子は育つって……
もしかしたら、胸が一回り大きくなっているかも知れないでしょ。



わたしは、恋しいベッドに別れを告げると、わたし宛ての荷物を受け取るために、下に降りて行った。

「何かしら……?」

長さは1メートルくらい。
細長い段ボール箱は、何箇所か結束バンドで固定されている。

宛名は……? 
……早野有里。うん、わたし。

送り主は……?
……副島徹也。見るんじゃなかった。

「有里、開けるんだったら手伝うわよ」

お母さんが心配そうに、台所から顔を覗かせている。

「大丈夫よ。結構軽いし……」

「……そう。無理だと思ったら、呼んでね」

「……ありがとう、お母さん」


「よいしょっ、よいしょッ……」

わたしは、両手で細長い箱を抱えながら、一段一段、慎重に階段を登っていく。

あの場合、迂闊に開けるわけには、いかないよね。
中にトンデモナイ物が入っていたら、お母さん、気絶するかも知れないでしょ。
当然、わたしは……どうなるんだろう?

「ふぅーうっ……
お母さんには軽いと言ったけど、案外、重たかったな」

わたしは、段ボール箱を部屋に運び入れると、梱包を解いていった。

「……どういうこと?」

箱の中には、ビデオカメラ……それにカメラを固定する三脚……
あと、DVD1枚と説明書……普通の大学ノート1冊……
その他、訳の分からない機械部品がいくつか……

「……まさかねぇ」

ビデオカメラに、嫌ーな予感がする。

「♪、♪……」やっぱり、嫌ーな予感ッ!

突然、携帯から着メロが流れ出した。

「はい。もしもし……」

「こんばんわ有里様。ご気分はいかがですかぁ?」

思わず、携帯を閉じようとした。
あまりにも、タイミングが良すぎでしょ。

まさか? この部屋を盗撮しているんじゃないでしょうね。
まあ、問い質すだけ無駄かもしれないけど……

「ええ、もう大丈夫です。
……それより、この前はタクシーで送っていただき、ありがとうございました」

「随分、しおらしいですねぇ。
……どぉしたんですかぁ?」

「どうもしません。素直に、お礼が言いたかっただけです」

「それは、それは……
ところで、あなた宛てに、荷物が届いていませんかぁ?
細長い箱に入っているはずですが……」

「……ええ、今、届きましたよ。
これで、今度は何をしろと……?」

「さすがは、話が早い。
いえねぇ、このカメラの前で、あなたに色々とやってもらいたい行為が有りまして……」

「具体的に何を……」

「申し訳ございません。
詳しくお話したいのですが、携帯の電池が無くなりかけています。
あとのことは、メールで指示しますので……それでは……」

……プチッ!

「もしもし……ッ!」

副島は一方的に話すと、携帯を切ってしまった。

「……もう、何なのよッ!」

心の中を、釈然としない不安が渦巻いている。
せっかくお昼寝して、いい気分だったのに……
また、気力が落ち込んでいくぅぅぅぅッ。

……副島のバカァァッ!



その夜、わたしとお母さんは、いつもより早めの夕食をとっていた。

普段ならバイトをしている時間だけど、今日は特別……
チビおや……ううん、並木のおじさんに、感謝しなくちゃね。

「やっぱりいいわねぇ。有里とこんな時間に食事をするのは……
それでね……ふふふ……今日はちょっと豪勢にしちゃった♪」

普段の夕食にしては、やけに品数が多い。
肉料理、魚料理、おまけに果物のデザートまで……

今日はお正月? ……それとも誰かの誕生日だっけ……?

「……ほんとだ。
ふふふ……こんなにたんさん、わたし食べきれないよ。
それに何だか……
お父さんの好きな物ばかり並んでいるわよ」

わたしは、ちろりとお母さんを見て、くすりと笑った。

「そうよねぇ……
気が付けば、お父さんの好物を選んでいるのよね。
さあ。冷めないうちに、召し上がれ」

「いただきます……」

どんなに豪華な料理が並んでも、ふたりだけの夕食は、どこか穴が空いているような侘しさが漂っている。

わたしは、食卓越しに母の気持ちを探ろうとした。
この前の気まずい一件……
おまけに熱中症? による、わたしの体調不良……
無言で食事をする母の表情に、ついつい悪い方へ勘ぐってしまう。

「有里、あのね……」

「なに?……お母さん」

声が、引きつるように上ずっている。
わたし……緊張しているのかな?

「ううん、何でもないのよ。
……それより、身体の方は、もう大丈夫なの……?
まだまだ暑い日が続いているんだから、気をつけないと……」

「わかってるぅっ。ちょっと気分が悪くなっただけだから……
心配しないで……
……それに……少しお昼寝したら治っちゃった。
これも、若さの特権でしょ。えっへんっ!」

「もう、この子ったら……
お母さん、真面目に心配してるんだから……ふざけないで……
それと……あのねっ……
その……付き合ってる人ととか……?」

母は、わたしから視線をそらして、話しづらそうにお箸を遊ばせている。

わたしは一瞬、そんなお母さんを可愛いと思った。
同時に、母の思い違いをどうやって解きほぐそうかと、頭を悩ませた。

「やだぁ、お母さん……そんな人……いる訳ないでしょ。
この前はぁ、友達の家に泊まるって……
もう、お母さん、忘れちゃったのぉ……?
……安心してよ、女の子どうしで、募る話を一晩中していただけだから……
あっ、言っておきますけど、わたし、同性を愛する趣味は、ありませんからね……ふふふ……」

わたしは、努めて明るく、笑いを誘うようにごまかした。
そして、挫けそうになる辛い哀しみを、胸に押し留めて、懸命に笑顔を作った。

「ごめんね、有里。
お母さん、変なこと聞いて……」

強張っていたお母さんの表情が、幾分和らいでいる。

ううん、謝らないといけないのは、お母さん、わたしの方……
だって、さっきの指摘、半分以上当たっているんだから……

でもね、これで良かったんだと思うよ。
……思うことにしようよ。
そうでないと……わたし……心が……砕かれて……
……やっぱり、考えるの、やーめた。


「ああ、そうそう……
今日ね、お父さんのお見舞いに行ったら……
あの、やる気のなさそうな看護婦さん、いなくなっていたわよ」

豪華な料理も、旺盛なわたしの食欲? の前に、あらかた片付き始めた頃……
お母さんは思い出したように、話し掛けてきた。

「……えっ! そうなの。
あの人……辞めちゃったの……?!」

「辞めたのか、配置転換なのかは、分からないけど……
今日、松山先生に付いていたのは、若い看護婦さんだったわよ」

「それでお母さん……その彼女に何か聞いてみたの……?」

「ええ。その看護婦さん……
今日から、この病院でお世話になるって……
以前は、隣街の産婦人科病院に勤めていたらしいけど……
人には、色々と事情があるからねぇ……」

母は、黒目を左右に動かしてから、顔を突き出してきた。
わたしも、負けずに顔を突き出していた。

「その人、若いって言ったけど……わたしくらい……?」

「うーん。確か……
21って話してたから、有里よりは、ちょっと上……
でも美人だし……スタイルも抜群だし……
あのフロアーでも、直に人気者になるんじゃないかしら?」

「……まあ、あの階は全部個室で……しかも男ばかりだから……
ある意味、みんな暇でしょうね。
それで、その看護婦さん……名前は何て言うの……?」

「えーっと。水上って言ったかな……
どうせ、有里もまた、お父さんのお見舞いに行くでしょう。
その時にでも、会ってみるといいわ。
それにしても……あの人も幸せね。
あんな美人な看護婦さんに、お世話をしてもらえるんだから……」

「もう、お母さんったら……焼いてるの……?」

わたしは、笑った。
お母さんも、笑っていた。

その後の食卓は、普段の母娘を取り戻して、父の改善しない症状といった、深刻な話から、お母さんの仕事の悩み……
果てはふたりの恋愛感情など……
母と娘だけが通じあえる、ちょっと秘密めいた、温かい時が流れていった。

わたしは、本棚の片隅から、父が覗いているような気がした。
その表情は、穏和で笑顔が溢れ……
仲間に入れて欲しいと、自分を指差している顔だった。

写真立ての父は、いつまでも、子供のように笑っていた……



目次へ  第25話へ





断ち切れぬ友への思い























(二十三)


八月 十二日 火曜日 午後一時三十分  吉竹 舞衣
   


私は、大学の講義が終わり、ひとり駅へ向かって歩いていた。
帰り際、何人かの友人に遅めの昼食を誘われたけど、とても今はそんな気になれない。

「有里……大丈夫かな……」

そう、ぽつりとつぶやき、深い溜息を吐く。

頭の中は、有里が心配……これで、埋め尽くされていた。

講義が始まる直前に、友人の上條理佐が、そっと耳打ちしてくれた。
校庭で有里らしい女性が倒れて、付き添いの男性とタクシーで病院へ向かったと……

その時の私の表情、尋常じゃなかったみたい。

隣で座っていた理佐が一言……
「舞衣、大丈夫? 救急車呼ぼうか」って言ったくらいだから……



「……有里」また、彼女の名前をつぶやいて、道端で溜息を吐く。

普段通りの帰り道ということと、考え事をしていたせいで、私の注意力は散漫になっていたみたい。

脇道の方から、うるさく打ち鳴らすベルの音が聞こえる。
その方向に目をやると、退けと言わんばかりの勢いで、全力で自転車を漕いでいるおじさんが……
気がついた時には、もう手遅れの距離だと思った。

もうだめッ! ぶつかるって……
目を閉じた瞬間、背中を誰かに押された。

危うく難を逃れた私に、自転車の主は、捨て台詞を残しながら走り去って行く。

ありがとうございます……おかげで助かりました。

……あら? あなたは……?!

……確か、以前……有里と一緒にいた方ですよね。
そう、大学の教育科棟で……
私と有里が会っていたとき、寂しそうな顔で佇んでいた。

私のこと……覚えています……?

……あの時は、失礼しました。
思わず取り乱してしまって……
あの子……ううん、有里の気持ちも考えずに……私って最低ですよね。

あっ、そうだ! 
……教えて下さい!

有里は……有里は、大丈夫なんですか?!
校庭で倒れて、病院へ運ばれたって聞いたから……

…… ……

……えっ? ……軽い熱中症……?
……それで、少し休んだら良くなったのね。

…… ……

……よかった。
大したことがなくて……本当によかったぁ。

それで、今は、自宅で休んでいるの……?

…… ……

本当は今すぐに、お見舞いに行くべきなんだろうけど……
あなたも知っているんでしょ?
私と有里の関係……

……それで。 
何かの手助けになるかも知れないから、まずは、私に自己紹介して欲しいって……?

ええ、いいですよ。

ただ、その前に……
そこのパン屋さんに、寄っても構いませんか?
私、安心したせいで、急にお腹が空いてきて……

以前は、買い食いなんて行儀の悪いことをしてはいけませんって……有里にも注意したことがあったけど……
彼女、私の目を盗んでは、ここのパン屋さんを利用してたわね。

……ふふふ……今日は、特別です。
私も、買い食いすることにしました。

……あなたも、一緒に食べませんか?
話は、それからと言うことで……



私は、2階のホームに上がると、日陰のベンチに座った。
普段から、学生専用の駅と化していることと、午後2時という時間帯のせいか、ホームに立つ人影はほんの数人といったところ……

次の電車が来るまで、15分……
今のうちに自己紹介しましょうか。

私の名前は、吉竹舞衣(よしたけ まい)。
高校を卒業後、今年の春からこの大学に通っているわ。
学科は、有里と同じ教育科。
お互い、小学校の教師を目指しているからね。

家族は、父、母、私の3人家族。

他に聞きたいことは……?
私の容姿?
それは……あなたの見ての通りだと思うけど……
……うーん。難しいわね。

髪はストレートな、セミロング……
それを自然な形で肩先に流している。

顔立ちは、やや面長で……
以前、有里が、居間に飾ってある日本人形を見て、まるで舞衣みたいって言ったことがあるから……
……そんな感じかな。
確かに、眉は細いし、目も細め……
それに肌も白いから、和風美人ってことにしておいてもらえる……?

よく友人は、あどけなさを残す有里に比べて、あなたは、清純な大人の女性の顔立ちだって、言ってくれるけどね。
……でもね、これは有里には内緒にしておいてね。

なに、スタイルも説明するの……?
うーん、どうしようかな?
……ふふふ……冗談よ。
あなたは、特別の存在みたいだから教えてあげるわ。

身長は、有里よりやや低めで159センチ。体重は秘密……
言っておくけど、自分では、バランスの取れたスタイルだと思っている。
まあ、自称だけどね。

スリーサイズも教えられないけど、バストは、有里より大きいわね。
彼女、私の胸を見て羨ましがっていたから……多分そうだと思う。

あと、有里との関係は説明しないといけないわね。

彼女とは、高校で知り合ったの。
私、中学卒業と同時にこの街に引っ越してきたから、高校に進学しても知らない人ばかりで……
中々周囲に融け込めずにいたわけ。

……性格?
……そうね。
どちらかというと、ひとりで本でも読んでいる方が好きだし、ちょっと引っ込み思案かもね。

そんなとき、最初に声を掛けてくれたのが、有里だった。
彼女は、明るくて運動神経が良くて、おまけに面倒見が良くて……
お陰で私も、クラスのみんなと打ち解けることが出来たの。

そんな、まるで正反対のようなふたりだったけど、意外と気が合って、私と有里は無二の親友になっていった。
そして、どちらが先に言い出したのか忘れたけど、私と彼女は、教師になる夢を語り合っていたの。

その後は、あなたも知っているでしょう。
ふたりでこの大学を受験、無事合格して、現在に至るというわけ……

これで、大体理解出来たかな。

……あっ、電車が入って来たわ。

あなたも、時間があればどう……?
家まで案内するわよ。



私は、電車を降りると、真っ直ぐに自宅に向かった。
このあたりは、有里の住む下町に比べて、どの家も立派な門構えを備えた、閑静な住宅街といったところ。
そして、私の住んでいる家もまた、ご多分に漏れず、ちょっとした門のある洒落たデザインの造りになっている。

ここに越して来たのは、私が中学校を卒業した頃……
父の亘は家族の将来とか何とか理由をつけて、この家を購入した。

昔から、見栄っ張りな人だった。
どうせ、経営者の親族という立場上、それなりの住宅をと、考えたのに違いない。
私は今でもそう思っている。

でも私は、以前住んでいた所の方が好きだった。
家は小さかったけど、周囲の人達は、優しく、大らかで……
何よりも、親身になって接してくれた。
どこか他人行儀のよそよそしさのある、この街の人たちとは大違い……

ごめんね。家まで案内するって、話しておきながら、こんな愚痴ばかり言って……
あなたも、不思議に思っているでしょう。
まあ、詳しいことは、外では話しにくいから……
さあ、中にあがって。

「……ただいま」

私は、階段の脇に鞄を置くと、リビングに入った。

「……お帰り……麦茶……冷やしておいたわよ」

気遣いのある言葉にしては、全然、覇気の無い声。
私が部屋にいることも興味無しといった感じで、中年の女性は、ソファーの背もたれに身体を預けている。
そして、虚ろな目付きでサスペンスドラマを眺めている。
……と、言うのも、テレビの中で繰り広げられる熱いセリフにも、ほとんど反応を示さないから……

一応、紹介しておこうかしら。
彼女が私の母親で、吉竹美沙子。
……ちょっと、変わっているでしょ。

私は、ガラスコップに麦茶を注ぐと、一気に飲み干した。
思った以上に、喉が渇いている。

「お母さん。ガレージにお父さんの車が有ったけど……いるの?」

私は、飲み終えたコップをテーブルに置きながら、天井を指差した。

「……書斎にね……珍しいでしょ」

母は、テレビから目を離すこと無く、覇気の無い返事をした。

「私、着替えてくるわね」

……やはり、返事はなかった。



私は、なるべく足音を立てないように、階段を上った。
別に気を使っているのではない。
……会いたくなかったから。

自分の部屋に入り、ふーっと息を吐き出す。
そして、聞きたくも無いのに耳を澄ましていた。

低く響く打楽器の音と、主旋律を奏でる弦楽器の音色……
父が好んで聴くクラシックの曲だ。

窓を全てひらいた。
部屋に充満する、熱く淀んだ空気は放出され、幾分爽やかな空気が流れ込んでいく。
同時に、外からの喧騒に音は支配される。

あなたには悪いけど、父に直接会っての紹介は勘弁してね。
……それに、有里から聞いているでしょ。
彼女がどう話したのか、知る由もないけれど……それが真実よ。
私も、あの男は嫌いだから……

それに、彼には愛人がいるの。
1か月の大半は、彼女のマンションで暮らしている。
この家にいるのは、月に3、4日ってところ……
それも、ほんの少し、顔を覗かせる程度……
家族揃っての食事なんて、ここ数カ月したこともないわ。

……そのせいで、お母さんも、変わってしまった。
昔は、優しくて、笑ったときの笑顔がきれいで、自慢の母だったんだけどね。

どんなに、立派な家を造っても、どんなに会社で出世しても、どんなにお金儲けをしても、私は、あの男を許せない。

でも、今の私には抵抗すら出来ない。
この家で生活している限り、ただの籠の鳥と一緒……

あなたにだけ、本当のことを言うわね。
実は私、有里と家族の方にどうやって贖罪をするか……
それで今、悩んでいるの。

確かに、悪いのは父……
でも、娘である私にも責任は免れないと思っているから……

そうだ、あなたに一つお願いしても、いいかしら……?
これからも、時間が有るときでいいから、私の相談に乗って欲しいの。
そして、有里のことをもっと教えて欲しい。
そうすれば、私の贖罪も叶いそうな気がするから……



目次へ  第24話へ




屋外朗読























(二十二)


八月 十二日 火曜日 午前九時三十分  早野 有里
   


「どうした? 気分が悪いのか?
……仕方ないな、ここで降りるぞ」

駅に着いた電車の車内で、わたしは、ドアガラスにおでこをひっつけて、イヤイヤをした。

もう、どうでもいい。今日は大学に行きたくないッ。
こうなったら……自分勝手な子供になってやる!

「さあ、有里。急がないと……
 無理だったら、お兄ちゃんの肩に掴まって……」

副島が、体調を崩した妹を介抱するように、白々しく話し掛けてくる。

こんな時だけ、親切なお兄さんの顔をして、ずるいよ。
これじゃ、仲の良い兄妹みたいじゃない。

わたしは、涙で汚れた顔を袖で拭うと、後ろを振り返った。
……何人かの乗客と視線がぶつかり、目をそらされた。

明日から、この電車に乗れないかも……

わたしは、副島に半ば抱きかかえられるようにして、ホームに降ろしてもらった。

でも、絶対に言いたくない。
お兄ちゃん、ありがとうって……

続いて、カメラを片手に横沢さんも続いた。

「そろそろ歩けますかぁ?」

副島が、しゃがみ込んでいるわたしに、手を差し伸べている。

だから、ジロリと睨んで、言ってあげた。

「その指、折り曲げても構わない?」

ジョークだよ。ジョークッ!



その後、ふたりで言葉の応酬を繰り広げ、わたしはまた負けた。
お陰で、1階の改札フロアーに着いたときには、人影も疎らになっていた。

「……あのぉ?」

先を歩く副島を、わたしは呼びとめた。

「何か用ですかぁ……?」

副島だけでいいのに、ふたり揃ってこちらを振りかえる。
それに、横沢さん、カメラを向けないでよ。
わたしは、周囲に他の目が無いのを確認して、小さな声でお願いした。

「申し訳ないですけど、お手洗いに行きたいので、先に行ってくれませんか? 
別に、待ってもらわなくて結構ですから」

前半は、お願い。
後半は、叶いそうもない……希望。

「どうぞ、ご自由に……
私たち、有里様の為なら、いつまでもお待ち致します。
ところで……大の方ですか? 
それとも小ですか? お教えいただきたく……」

副島は、わたしのところに戻って来て、耳元で悪戯っぽくささやいた。
誰も見ていないけど……気が付いていないけど……
つい、カッとなる。

「あなたって、どこまでも最低ねッ!
女の子に対して、失礼とは思わないの……?! 
……いいわ。どうせ、しつこく聞きそうだから、教えてあげる。
……おしっこですッ! 
……これで満足よねッ!」

言い放ってから、バカバカしくなってきた。
なんで、トイレの許可まで取らないといけないのよ。
……それに横沢さん、いつまでカメラを向けているのよッ!

わたしは、駅員室の横に設置されている公衆トイレに向かった。
試しに後ろを振り返ってみる。
……どうやら、大丈夫そう。
あのふたりも、さすがにここまでは、ついて来なかったみたい。

このまま、逃げちゃおかな。
……でも……無理だろうな。

ところで、きみは、どうして付いてくるのよ。
ここは、女子トイレだよ。
……えっ?
わたしの歩き方が、ガ二股みたいだったから、心配でついて来たって……?
……そういうのって、有難迷惑って言うの。
それより、このままじゃマズイわね。
……もう、仕方ない。
一番奥が、洋式トイレみたいだから、そこに入るわよ。
さあ急いで……見つかるよ。

わたしは、扉を押して中に入り、便座の蓋を閉めた。
早く、穿き換えないと……!
でも、その前に……
きみ。何キョロキョロしているの……?
ここは、あなたが入っていい所じゃないんだからね。
さあ、ドアの方を向いて……
絶対に、こっちを見ないでよ。

閉鎖された空間で、息をこらして、ジーンズとショーツをまとめて脱いだ。
熱く火照ったデリケートな部分が、期待するように疼いてる。
それを照明するように、甘酸っぱいエッチな匂いが、個室を満たしていく。
……瞬間、心が空しく染まり、指が勝手に慰めようとする。

なにしてるのッ……!
急がないと、副島の嫌みな言葉責めが待ってるよ。

わたしは、下を見ずにトイレットペーパーを、下腹部に押し当てた。

「……はぅっ……」

切ない疼きと、湿りを帯びた紙の重さ……
この様子だと……

軽く折り畳んだジーンズの上に、クロッチを表にして丸まった白いショーツ……
わたしって、本当はいやらしいことが大好きな、淫乱な女の子かも……

誰に見られているか分からない電車の中で、あの人の指だけで絶頂させられそうになるなんて……
しかも、ジーンズの上からだよ。

本当は、恥ずかしくて死にそうだったのに、気持ちよくて……
はしたない声を漏らして……
おまけに、パンツもグショグショ……
エッチな匂いもプンプン……
このまま、あの人の指示に従っていたら、この先どうなっちゃうの……?

そうだ。きみにもう一つ命令。
わたしがここを出るまで、呼吸を止めていてね……

ところで、替えのパンツはと……
わたしは、サイドバッグをひらくと、中をかき回した。

……あったぁ。良かった。

あっ、きみ勘違いしないでよ。
これは、女の子のエチケットとして持っているんだから。
決して、アレの行為を想定してってわけじゃないからね。

さあ、新しいパンツも穿いたし……ここを出るよ。

……んっ?
……ちょっと待って。
……隣に誰か入って来た。
シィーッ、静かに……

…… ……
…… ……
…… ……
……!……!

……そうだよね。
……ここは、用を足すための場所だよね。

それなのに、わたしは……
股をひらいて……見たくない処を覗き込んで……汚れたあそこを清めて……

……何やってるんだろう。

……きみ……戻るよ。
……ううん。
……泣いてなんかいないよ。



「……小水にしては、遅かったですねえ。
本当は、う○ちをひねり出していたんじゃないですかぁ?
尻たぶから尻穴まで、念入りにマッサージしてあげましたからね。
ふふふっ……お通じも良くなったでしょう?」

改札を通り抜けた年配の男性が、半身で振り返り、わたしと目を合わせた。

「はぁーっ。お陰さまで、すっきり出せました。
……また、お願いしようかしら」

意外そうな副島の顔……

きみに質問だけど、トイレって何をするところだっけ……?


「久しぶりですねぇ……この通りを歩くのは何年ぶりでしょうか。
大学時代は、毎日通ったものですよ……♪
そう……あれは……」

副島は、なにを懐かしがっているのか、思い出を勝手に語りながら大学まで道程を歩いていた。
その隣に、無口で大柄な男が、お共のように寄り添っている。

わたしは、男たちと距離を置くようにして、後ろをとぼとぼと歩いて行った。
間違っても、知り合いだとか思われたくない。
……そう。
この人たちとは、全然関係ありません。
全くの赤の他人です。
わたしは、心の中で叫んでいた。

「あっ、このパン屋さん。まだ、潰れずに頑張っていますねぇ。
学生時代は、ここのカレーパンをよく食べましたねぇ。
……懐かしいですねぇ♪
……そこの、うどん屋さんも……♪」

あなた。一体、何歳なのよ。
ここの大学のOBらしいけど、卒業してまだ5、6年でしょ。
……それにね。あのパン屋さんは、わたしも利用しているの。
そう簡単に倒産してもらったら、困るの!

…… ……?
…… ……?!
……ちょっと待ってよッ!
あの人って……この大学のOB?!
……と、いうことは……わたしの先輩……?!

嫌だッ! いやだッ! イヤダッ!
他の大学に入るんだった。
……もう、遅いかな?

「有里様、遅いですよぉ。
あんまり、遅れるようなら置いていきますよぉ」

わたしは、思いっきり何度もうなづいた。
是非、置いていってください。



「珍しいな。君がここに来るとは……」

「……副島君、久しぶりだね」

大学に着いた途端、何人かの大学関係者が、あの男に話し掛けてくる。
それも、親しそうな笑顔で……

この人って……ただのOBじゃないの?って、だめだめ。
この人は危険。そう危険なのよ。

「副島さん。わたしは、講義があるので失礼します」

昔話に花を咲かせている今が、最後のチャンス……
わたしは、聞き取れないような早口でまくし立てると、教育科棟へと逃げ出した。

……お願い、呼び留めないでよ。

後ろを振り向かず……真っ直ぐ前を向いて……そして、祈り続けた。

校舎の入り口が見えてきた。
あの中へ逃げ込んでしまえば……

「有里さぁーん。どうしましたぁーっ……?
……こっちに来てくださぁーい……!」

……聞こえない。聞こえない。
わたしには、何のことかわからない。
……でも、名前で呼ばないでよッ!
……それは、ひじょーに困る。

仕方なく振り返って、周囲を、二度三度見回した。
そして、首を大きく左右に振った

副島が、校庭の端から手を振っている。
しかも、大声のおまけつきで……

芝生の敷き詰められた校庭は、今日も人影がまばらだった。
こんな、気温が急上昇するなか、好き好んで散策する物好きな学生なんているはずがない。

……それなのに、わたしは大声の主の元へと、全速力で駆けて行った。
熱い炎天下の中、芝生の上を走った。

……また、目立ってしまった。
わたしのいる場所が、どんどん減らされていくうぅぅぅ。



木陰の下は、思った以上に涼しかった。
白いベンチに男ふたりと、可憐な少女が座っている。
いや、少女は座らされていた。

「いい加減にして下さいッ!
こんなところ、誰かに見られでもしたら、絶対変に思われます。
……もう、いいでしょ。
講義に遅れますので、失礼します」

わたしは、席を立とうとした。
さっきから、3回くらい同じことを繰り返している。

「まあ、待ちなさい。
講義までは、たぁーっぷり、時間がありますよぉ。
それよりも……
聞きなさい。小鳥のさえずりを……
感じなさい。芝生を駆け抜けるそよ風を……」

「……ええ。
やかましいセミの鳴き声と、地面から吹き付ける熱風なら、教えてくれなくても感じることはできますよ」

「…… ……」

わたしの嫌みには無視ですか。

私たち3人は、散歩に疲れたお年寄りの休憩のように座り続けた。

「……そんなに私から離れたいなら……
代わりに、何かしてもらいましょうかぁ」

しばらくして、副島はポツリとつぶやいた。
そうしたら、今度は唸り始めた。

「うーん。何がいいでしょうか? うーん……」

そして、またしばらくして……閃いたらしい。

「……そうだ。朗読にしましょう。
……うん、それがいい」

ポンと手を叩き、ひとり納得したようにうなづいた。

「あなたには、ここで朗読をしてもらいます」

「……朗読?」

「はい。……確かあなたは、教師を目指すため、教員養成科を受講しているとか……?」

「……それが、何か……?」

「いえね。先生になるなら、本の読み聞かせも必要でしょう。
今から練習だと思って、今朝あなたに送った携帯メールを、この場で読みあげて下さい」

「えっ、あれを……ですか?!」

わたしは、早朝に届いたメールを思い出し、鳥肌が立った……悪寒も走った……
……それなのに、顔が熱く火照ってきた。

「そうです。
さあ、早く朗読して下さい。これも、行為の一つですよ」

この人……行為と言えば、なんでもわたしが従うと思ってる。
そんなわけないでしょッ!
……と、言い返したい。

……でも……逆らえないよね……

わたしはメールをひらくと、もう一度目を通した。

こんな低俗で……卑猥で……おぞましい文章……
声に出してなんか、読めるわけないじゃない!

……しかも、ここは大学だよ。
もし、誰かに見付かってでもしたら、ここには来れなくなる。

「どうしましたぁ。まだ、迷っているのですか?
また、これを読み上げましょうかぁ」

副島は、例の契約書をポケットから取り出した。

「そんな……待ってよ。
……読みます……今から朗読しますッ!」

わたしって、卑怯な女かも……
こうして、契約のせいにすれば、心は汚れなくて済むもの。
さあ、こんなお馬鹿な行為、さっさと片付けて、この男とオサラバしよう。

幸い、周囲には誰もいない。
これなら、見付からずに済むかもしれない。

わたしは、副島の前に進み出ると、携帯の画面に視線を落とした。

「……親愛なる、私のお嬢様。
早朝からのメールに驚かれたかも、わかりませんが、私の情熱が冷めないうちに、文章にしました。
是非、私の真の言葉と思い、お読みになって下さい。
……さて、昨晩は激しい行為に付き合っていただき、誠に感謝いたします。
あなたの清純さに心を動かされ、一枚づつ脱いだ後の、生まれたままの姿に心を揺さぶられました。
……私は覚えています。
あなたのくちびるの感触……あなたの白餅のようなおっぱい……
そして、慎ましい陰毛に、ぷっくり……膨らんだ……」

朗読の声は、次第に小さくなり、やがて途絶えた。
……これ以上は……読め進めない。
ここまでも辛かったけど、この後に続く単語は……

……ダメ。
女の子が口にしてはならない言葉……

わたしは、携帯を持った腕をだらりと下ろし、口許だけを金魚みたいにぱくぱくさせていた。

「これからというときに……だめですねぇ。
僅か2、3分の恥と、お父さんの命の重さの区別も判断出来ないとは……
いやはや、大したお嬢様です。
私には到底理解出来ません。
……もう、講義に行かれても結構ですよ。
では、さようなら……」

「…… ……」

副島の、挑発的な嫌みにも、今は言葉が出ない。
真夏の日差しの下、うつむいて、くちびるを噛んでいた。

そんなわたしの姿を、横沢さんのカメラが捉えている。
レンズの反射が、昨日の痴態を思い起こさせる。

処女を奪われたことに比べたら、こんな朗読……
もう一人の自分が、励ましてくる。
ベンチにちょこんと座っているきみも、後押しするようにうなづいた。

……まさか、きみ。
わたしを唆そうとしているんじゃ、ないでしょうね……ふふふ……

……そうよね。
あの男の下手な感想文なんて……大したことないんだから。
……だから、頑張って……有里。

わたしは携帯を持ち直し、動かないくちびるを励ました。

「申し訳ありません。もう一度、挑戦せて下さい。
今度は詰まらずに朗読しますから……お願いします」

わたしは、副島の前で深々と頭を下げて謝罪した。

「分かれば、いいんですよぉ。
もう一度、チャンスをあげましょう。
ただしッ! 失敗したペナルティーは、与えさせてもらいますよぉ……ククククッ……」

また、ペナルティーって言葉……
今度は、どんな恥ずかしいことをさせられるんだろう?

暑いのに心が震えて……それでも、うなづいた。



「それでは、早野有里の淫猥朗読ショーを始めまぁーす」

3分後、再び、副島の前に進み出る。
そして、ジーンズのファスナーを下に引いて、ウエスト部分を左右に開いた。

ペナルティー、その1。
パンティーの一部を露出させること。

そう……
わたしは白昼の校庭で、パンツをさらしたまま、卑猥な朗読をしなければならない。

「親愛なる、私のお嬢様。
早朝からのメールに驚かれたかも……」

さっきよりも、声も大きく感情も込めているつもり。

ここで、ペナルティー、その2。
メールに出てくる身体の部位を指で指し示すこと。

わたしは、話に連動するようにくちびる、胸の膨らみ、股間へと細かく丁寧に指を這わせていく。
もちろん、その間も笑顔を絶やしてはいけない。

やがて、問題の単語が近くなり、指が、むき出しのパンティーの上を下に降りて行く。
そして、大切な処に固定される。

背中に照りつける太陽のせいか、喉が渇いて、声が枯れかかる。
わたしは、大きく息を吸い込み、絞り出すようにその単語をしゃべった。

「……ぷっくり膨らんだ……お……お……お、おま○こ……」

わたし、この大学を卒業したら、小学校の先生になるのが夢だったの。
……でも、諦めたほうがよさそうね。
……だって、子供を正しく導く先生の卵が、大学の校庭でパンツをさらしながら、卑猥な単語付きの文章を朗読するなんて……
教師って仕事を馬鹿にしているよね。
一層のこと、大学を辞めて、風俗にでも入ろうかな……
そうすれば、もっとお金も稼げるし……お父さんだって……
……ううん……
今のは聞かなかったことにして……

「あなたの白餅のようなおっぱい。
そして、慎ましい陰毛に、ぷっくり膨らんだ、お、おま○こ……
忘れてはいけない、赤く充血したクリトリス。
……全て私の宝物です。
特に、あなたの乱れようには、目を見張るものがありました。
甘い蜜液を洪水のように溢れさせる、いやらしい、お、おま○こ……
刺激を求めようと堅く勃起した、はしたないクリトリス。
あなたの性器は、娼婦顔負けの一級品です。
……そうそう、書き忘れるところでした。
処女膜を失った気分はいかがでしたか?
ただ、その後の私の、お、お、おち○○んに取りつかれた表情は、見ものでしたが……私は好きですよ。
少し長くなりましたが、このあたりで失礼します。
お身体を大切に……」

死ぬような思いで口にした単語も、二度目には頭がマヒして、男性器の名称まで違和感なくしゃべってた。

わたしは、最後まで笑顔を絶やさず、余韻を残すように締めくくった。
そして、深くお辞儀し、芝生の上に倒れ込んだ。

朗読の途中から、頭が痛くて、吐き気がして……それでも、最後までやり通せたよ。
……それに、良かった。
誰にも見付からなかったみたいで……

きみも、褒めてくれるでしょ。
有里も、このぐらい、やれるんだから……

それなのに、芝生の上にカメラが転がっている。
横沢さん、ちゃんと撮影しなきゃだめでしょ。

……あれぇ? ちょっと目の前が暗くなってきた。
……誰かが……わたしを……抱きかかえている。
そして、誰かが不満そうに舌を鳴らした……



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公開恥辱 電車篇 その2























(二十一)


八月 十二日 火曜日 午前九時十分  早野 有里
  


わたしは、銀色の支柱を握り直して、ドアガラスを見つめた。

……ゾロリッ?!

お尻のふくらみに手のひら? が張り付き、下から上へ撫でられた。

布地越しなのに、やたらとリアルな肌の感触……

……始まったの?

身体が恐怖に揺れるなか、副島の手が、腿のつけ根から腰に向かって、ピタピタと押さえながら這い上っていく。
まるで、肉の弾力を確かめているような感じ……

情けないけど、これだけで下半身が強張ってしまう。
背中から肩にかけて、皮膚が鳥肌に……

「まだ、始まったばかりですよぉ。
……ゆーっくりと痴漢ごっこを楽しみましょう」

まるで、わたしの心の中を覗き見るようにささやいて、今度はお尻のお肉をギュゥッと掴まれて、揉まれた。

「……ンンンッッッッ?!…うっっっっッ……」

見えない恐怖に、勇気の半分が逃げ出した。
このぐらいで怯えていたら、ダメなんだけど……やっぱり怖いよ。
わたしは、指の悪戯をやめさせようと、お尻の狭間をキュッとすぼめた。

…… ……? 

ちょっと恥ずかしい……でも……
うまくいったのかな……指の動きが止まった。
でも、不満があるのか溜息を吐いている。

「こんなところで、お尻を突き上げられたって困りますよぉ。
もっと、力を抜いて下さい。
……そうでないと、こちらで緩めますよぉ。
ほら、こんなふうに……ククククッ……」

ゾクッとした感覚に、両脚の力が抜けた。

「ひぃぁッ!……そこは……」

腿の内側を下からスッとこすられた。
そして、チャンスとばかりに、お尻の割れ目をこじ開けるように指が侵入する。

「あぁぁぁっ、イヤぁぁッ!……くぅぅぅッ……」

溝に沿ってスルスルと走る指先に、汚辱感が駆け巡ってる。

「今、どこを触っていると思いますぅ……?」

そんなの、わかるけど言えない。
わたしは、小さく首を振った。

「ああっ、そうでした。有里様には、見えないですよねぇ。
……実はですね……ククククッ……
……やっぱり、あなたの身体に聞いて下さい」

「ひぃぃッくぅぅッ!……だ、ダメェェェッ!……」

肩がピクンと震えて、せっかく我慢していたのに、声が漏れてしまう。
だって、副島の指がお尻の谷間を、ゴシゴシと擦っているから……
こんなことしたら、ジーンズが破れちゃうよ……

当たり前だけど……こんなの、耐えられない。
どう言ったらいいの……
お尻から背中に、得体の知れない感覚が、サッと走る感じ……
肩や背中に力を入れているのに、全然効果がないんだから……

「背中が震えていまよ。……どんな気分です?」

お尻のデリケートな肉をこすられたり、引っ張られたりして、平気な人っていると思う?

でもね、わたしにも意地があるの……
だから……
「なんとも、ありません。このぐらい……」って、言うしかないじゃない。
……わかってよ。
お尻なんかで感じてると思われたくないんだから……

「それでは、もっと大胆に……ふふふふっ……」

片手でお肉を揉みつぶしながら、縦のスリスリが早く強くなってるッ!

「もう、許して……お尻、イヤぁぁッ……はあぁぁんんッ……」

こんなの気持ち悪いだけなのに……どうして……?

ゾクゾクとした電流が、背筋から首を這い登って、無意識に腰が震えてる。
ヒザの力が抜けて……恥ずかしいのに、わたしお尻を突き出してる。

「お嬢様、分かりますかぁ? ……どこを触っているのか。
ククククッ……今、お尻の割れ目に、めり込んでいますよ。私の指が……
次は、尻穴でも……」

「いやッ、そこは……やめて……
……さっきの言い方は、謝るから……
だから、許してぇっ……ヒッ、ヒィィィィィッーッ!」

小さく遠慮がちに哀しく叫ばされた。
こんな姿、誰かに見られたら……そう思って指も噛んだ。

でも……これからも防げるかな。
だって、あの人の指が……こすって……突っついて……
無理矢理に谷間をひらこうとするんだよ。

……どこって?

……穴よッ!
それ以上聞かないでよ。

「ここでも気持良くなれるように、いつかは開発してあげますよ」

そんなの絶対して欲しくないから、ここは性器じゃないから……
わたしは、イヤイヤするように首を振り続けた。

それなのに、背中を仰け反らせるようなことをされた。

指が、ドリルみたいに回転しながら、穴に潜り込んでるッ!

苦しくて、息を吐いたつもりが、「あんっ」……って、声が漏れてしまう。
さっきから、お尻の割れ目を閉じようとしてるのに、力が抜ける。
恥ずかしい処なのに、むずがゆくて、腸に直接触れるような……
気持悪いのに、ジーンとしちゃう。

「お尻を触られるのは、始めてですかぁ。
今までに、痴漢に襲われたりとか……?」

「あぁっ、ありません。
……そんなことより……もう、いいでしょ。
いつまで……お尻を触っているんですか。
……そんなの……気持悪いだけです!」

強がろうとして、また声を荒げてしまった。
慌てて周囲を見回して、気付かれていないことに少し安心して、ギュッと、取っ手を握りしめた。
引いていた汗が復活して、首筋を流れ落ちていく。

もう、穴の中を苛めないで……

「直接、見せられないのが、本当に残念ですぅ。
ほら、あなたのお尻の穴に、指がこんなに深く……
ちょっと嗅いでみます……? 
匂うかもしれませんよぉ」

副島は、執拗にお尻の割れ目に指を突き立てながら、恐ろしいことを平気で言った。
この男なら、本気で指先を鼻に近づける気がして、わたしは、精一杯顔をそむけて抵抗した。

「そんな怖いこと、言わないで……
お尻は……愛するための器官では……ありません」

「そうですよねぇ。
この穴は、あなたの臭いう○ちを捻り出す処でしたねぇ。
私もついうっかり、責める場所を間違えていました」

「ひどい……何もそんな言い方しなくも……ひぃぃぃぃぃッ!」

思わず、喉奥から声が漏れてしまう。
指が……割れ目に……突き刺さってる……?!

「先程は失礼しました。
有里様はこちらが、お望みでしたねぇ」

ジーンズの上からなのに、男の指先をダイレクトに膣に感じてしまう。
脳裏に昨日の哀しい記憶が、生々しく再現されてる。

……怖い……怖いよ。
両ヒザが無意識に震えた。
太ももどうしが、勝手に閉じていく。

「そうはいきませんよぉ」

それを阻止しようと、副島の右ヒザが突き出された。
わたしの太ももの間に、割り込んでくる。

そして、とどめの警告……

「お忘れですか? お父さんの命……
おわかりなら、脚をおひらきなさい」

「……くぅッ……!」

それって、卑怯だよ。
わたし、お父さんのためって……心には思っても口には出さないのに……
これじゃあ……抵抗できないよね。
だったら、好きに苛めていいよ。
……もう、好きにすれば……

抵抗がやんで気分を良くしたのか、副島の指が、積極的に働き始めた。

太ももの裏筋をスルッと撫でたと思えば、クリトリスのあたりを軽くノックする。
また、割れ目に沿って指先を走らせたと思ったら、再び、太ももの付け根付近をスルッと撫でる。

神出鬼没な指の魔術に、身体の奥がジーンとなり始め、意識していないと、甘い声が溢れそうになる。

こんな場所で、わたし指に犯されている。
お願いだから……
誰も気付かないで……

人差し指の根元を、歯型が残るくらい噛みながら、周囲を窺った。

幸い、男ふたりにカバーされるような格好で、他の乗客からは死角になっている。
横沢は、幅広い腰に、カメラを押しつけるようにして撮影している。

これだけ、わたしが苦しんでいるのに、何の反応も示さない。
ひたすら、無言でカメラを回している。

「残りは5分ほどですか。
……これは、ペースを上げなければいけませんねぇ」

まだ、5分も……
絶望するわたしに、更に恥辱を与えようと、副島の顔に残忍な笑みが浮かんた。

クリトリスをいじられるッ!

直感が警告した。
でも……でも……どうしようもない。
できるのは、取っ手を握り締めて……流れる景色を眺めて……それなのに、歯を食い縛って……
例え、身体が淫らに反応しても、喉の奥から甘い声が漏れても、何とかごまかさないと……

「あぁぁんっ……んんッ……んふぅぅぅぅぅぅんッ」

思った通り、副島の指がクリトリスのあたりを、念入りに刺激し始めた。

「感じるでしょ。
誰かに見られると思うと、ゾクゾクするでしょ」

「ひ、ひどい、んんッ……こんなのぉッ……ゆ、許してぇッ……」

今、パンツからグシャって、音がした気がする。
信じたくないけど、わたしのあそこ……濡れてるの?

「鳴きたければ鳴いていいですよぉ。
……そうだ、他の乗客に甘いメロディーを披露してあげましょう」

それだけは、許して……
わたしは、口に当てた指を、思い切り噛んで耐え凌ごうとした。

「なかなか、しぶといですねぇ。
……これなら、どうです?」

指を鍵の字にして、充血した突起を上下に揺さぶられて……同時に、力任せに下から押し上げられる。
わたしの精神も、指に痛みを与えるだけでは、もう限界……
足元もぐらぐらして、ビクンピクンって肩が震えている。

「ああぁぁぁっ、いやぁぁッ……ふうぅぅぅぅんっ、はぁぁぁぁ……」

これ以上されたら、本当にイッテしまう。
わたしは、熱を帯びた割れ目に、深く食い込む指から逃れようと、背伸びしながらつま先を伸ばした。

目線が高くなり、瞬間、指の刺激が止まる。
……代わりに、身体がふらつき始めた。
揺れる車内で頼りになるのは、取っ手を握りしめた左手と、扉のガラスに貼り付かせた、手のひらだけ……

「これは、面白い……」

興奮した男の声が聞こえて、震える割れ目に何かが触れた。

一体、何の真似……?! 

「教えてあげましょうかぁ。
人差し指と中指をピタッと揃えて、真っ直ぐに突き立てているんですよ。
あなたの大切な処にズブッと……
ちゃーんと、照準もあわせてますよぉ」

つまり、バランスを崩せば、割れ目に突き刺さるってこと……?
男の指が刃物みたいに……
どうしたら……いいのよ……

「ほら、早く私の指を飲み込んで下さいよ。
……パックリとね」

指先が、恥ずかしい割れ目に、めり込んで来る。
わたしは恐ろしくて、つま先が限界になるまで引き伸ばした。

「……はうぅぅッ……ダメぇっ……」

ふくらはぎからお尻の筋肉がプルプル震えて……
まるで、未熟なバレエダンサーみたいに上体がグラグラとぶれる。

……あと、何分?

わたしは苦しい息を吐きながら、流れる景色を追い掛けた。
……もう少しで、駅に着くから。
頑張って……お願いだから耐えて……!

「どうしました。そんなに汗を浮かべて……
それに、全身が震えているじゃないですかぁ。
寒いのなら、そう仰って下さい。
……今、温めて上げますよぉ」

そんなお節介いらない。
もう少しで終わるんだから、ほっといてよ!

……それなのに、副島の片手がお尻をさする振りをしながら、股の間に滑り込んた。

「いやぁぁッ……今は……ダメェッ!……んんんっ、ふあぁぁぁぁっ……」

取っ手を握り締めていた左手が、つるりと滑る。
不安定な身体が震えて、貼り付かせた右手が、ドアガラスを汚した。

……わたし、また負けるの?
……こんなの悔しすぎるよ。
でもね、パンツもびしょびしょみたい……
駅に着いたら、新しいのと穿き換えないと……

また、あの人の指が苛めてる。
クリトリスもあそこのお肉も、さっきからジンジンと疼いて、もう、とどめを刺して下さいって……

……あっ、また、感じる処をつつかれた。
もう……だめぇっ!

ポイントの切り替え部分を通過したのか、車両がガタガタと揺れた。
力付きたように、わたしの腰が落ちて行く。
悔し涙の先で、副島がニターって笑って言った。

「今日は指だけで許してあげます。
そのかわり……根元まで飲み込むんですよぉ」

「ひいぃぃぃぃぃッ!……はあぁぁぁん、んんっ……来るぅぅぅぅぅッ!」

わたしは、哀しく鳴いて、あそこの力を抜いた。
膣に、股布を巻き込んだ指の肉棒が、突き刺さっていく。

ぬちゃって音が心に響いて……
痛いのか、気持ちいいのか……区別のつかないものが、全身を走っていった。

「あうぅぅぅぅぅッ……いっ、痛いぃぃぃッ……イヤぁぁぁぁッ」

男の指を咥え込んだまま、下をうつむいて、しくしく泣いた。
許されるなら、このまま消えてしまいたい。

やがて、到着駅を知らせるアナウンスが、何事も無いように流れて、電車はゆっくりと減速し始めた。



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公開恥辱 電車篇 その1














                 








(二十)


八月 十二日 火曜日 午前九時  早野 有里



通勤時間のピークを過ぎた車内は、思ったよりも空いていた。
確かに、座席は埋まっているけど、ぱっと見た限り、立ち姿の乗客は数人しかいない。

わたしは、壁に備え付けてある銀色の取っ手を片手で掴むと、見るとは無しに、流れていく景色を追いかけていた。

視界に入った途端、あっという間に過去のものに変身する街並……
家も車も、それは人でさえ……
一瞬にして、セピア色の過去に閉じ込められていく。
……まるで、今の自分みたい。
抵抗することなく、流されるだけの生き方……
空しくて……切ないよね……
…… ……

こらぁっ! そこのきみ、笑わないッ……!
せっかく大人の女を演じていたのに……

仕方ない、このシーンはカットね。



数分後、連結部分の扉を開閉する音が、かすかに聞こえた。
足音がしだいに近づき、わたしの背後で、なぜかピタッと止まる。
そして、忘れ去りたい耳障りな声を、耳がひろった……

「ひどいですよぉ。わざと、私を置いていきましたねぇ」

……そんな……うそでしょ!?

背中を悪寒がはしる。
脱力感と、今の状況を否定しようとする自分がいて、振り向けない。

「一体どうやって……この電車に……?」

問い質すというより、わたしは自分に話し掛けていた。

やっぱり世の中には、報われない努力もあるんだ。
実はこれは夢で、立ったまま眠っているってことは……ないよねぇ。

「私を出し抜いておきながら、謝罪もなしに、疑問に答えろですかぁ?
あなた。私を舐めていませんかぁ」

「いえ、そんなつもりは……」

「それなら、愛しいその顔を見せて下さい。
……話は、それからです」

ガタンッ、ガタン……! 
線路の継ぎ目を車両が通過したのか、足元がぐらついた。
……夢じゃないようね。

わたしは、上半身だけをひねった。

「おおっ、ほつれて貼り付いた黒髪……桜色の肌……
朝からお色気たっぷりですねぇ。
ついさっきまで、アレでもしていたようですよ……ククククッ……」

「あなたって……本当に下品な人ね……ッ!
それより、教えてくれない……?
どうして、ここにいるのか?」

平然とした態度で吊革にぶら下がっている副島に、苛立つ自分がいた。
それでも聞いておこうと思った。

「実はですね……
あなたが駅に着く前に、切符を買っていたんですよ。
……ただ、それだけです」

「では、財布からお金を出す仕草は……
……わたしを、騙したのねッ!」

こんなのトリックでも何でもない。
からかわれていた……? 副島に……

「でも、どうして……? 確かにわたしの後ろで扉が……」

そうよ。わたしが最後だったはず……

「ええ。今回ばかりは焦りましたよ。
まさか、本気で逃げ出すとは……
昨日、ヴァージンを失った身体にはとても見えませんねぇ。
本当は、処女ではなかったとか……
……いや、失礼」

副島は、わたしのひと睨みに話を修正した。

「私も体力には自信が有る方ですが、正直、間に合わないかと思いましたからねぇ。
でも、あなたの前にこうして立つことが出来ました。
間一髪で飛び乗った後、扉が閉まったんですよ」

「そんなわけ……?!」

「そんなわけが、有るんです。
あなた、扉が閉まる音を、ちゃんと聞きましたかぁ?」

「えっ……?」

「エアー音が、二度したはずです。プシューッ、プシューッとね……
私が隣の車両に掛け込もうとした時に、乗務員さんに気付いてもらえて……
いやー、本当にラッキーでした。
やはり、駆け込み乗車は危険ですねぇ。
……反省しています」

わたし、夢中で走って来たから……音の回数までは気が回らなかった。
……と言うより、そんなの当たり前じゃない。
それが分かれば、名探偵○○○よ!

「……と、言うことで、御理解いただけましたか?」

「……はい」

「それは良かった。
……でも、私はちぃっとも良くありません。
朝から、好まないのに激しい運動はさせられるし、駅員さんには睨まれるし……
見て下さい。ワイシャツが汗で透けていますよッ!」

副島は、ネクタイを緩めながら、シャツの袖部分をつまんでは離してみせた。

「そんな事……言われたって……」

わたしは、チラ見した後、目をそらした。

「いいえ。この責任は、しっかり取ってもらいますよぉ。
私の気が済むように、あなたには罰を受けてもらいましょうかぁ」

「……どうして、そうなるんですか?!」

「私は管理者です。
……なのに、あなたは逆らった。
これは、ペナルティーを与える十分な理由になると思いますよぉ。
それに、これは行為です。
お父さんのことを考えれば、悪くない話だと思いますが……」

副島の表情が、昨日の危ない顔に変化して、わたしは思わず、バッグを胸にあてがった。

「……でも、カメラも無しに……それもたった一人で……どうやって撮影するのよ?」

ジロリと副島の身体を、下から上まで観察する。
……やっぱり、スーツの上着以外、何も手にしていない。

「どうしてあなたは、そう目の前にあるものしか見ようとしないのですか。
もう少し、観察力を身に付けた方が身のためですよぉ」

副島は、通路斜め向こうで吊革にぶら下がる、大柄な男に目配せした。

「あなたは……?!」

胸の中を昨晩と同じように、酸っぱい悲しみが広がっていく。

「紹介しましょう。
名前は、横沢良一。
私と同じで、お父さんの命の恩人……
そう、時田謙一の元で仕事をしています。
……と、いうより、私の忠実な部下と言う方が、正しいかもしれません。
あなたも、面識はあるでしょう」

わたしは改めて、横沢と紹介された男に顔を向けた。
身長は、副島よりやや低いけど、身体の横幅では負けていない。
……別に、太っているって訳ではないよ。
無駄な脂肪がない身体を、鋼のような筋肉が分厚く覆っている感じかな。
太く短い首と共に、そう、柔道か何かの格闘技をこなしていそうな体型……

でも、ショックなのは手にしてるビデオカメラ……
わたし、分かっちゃった。
ここが、スタジオだってことに……

「それでは、時間がありません。
ただいまより、有里様のお仕置きを始めます」

お仕置きって言い方は、嫌だな。
しつけで、お尻を叩かれるみたいで……
……でも、何をする気だろう?

わたしは、周囲に目を走らせてみる。
幸い、他の人は誰も気が付いていないみたい。
大きな声さえ出さなければ、何とかなるかな?

「わかりました。
……それで、どうすればいいの?」

「話の分かるお嬢さんですねぇ。
まずは、その足をひらいてもらいましょうか。
……そうですね、肩幅位にね」

「……こう……ですか」

わたしは、揺れる車内でバランスを崩すふりをして、右足を言われた通りにひらいた。
自分で言うのもなんだけど、わたしって、負けず嫌いだね。

「それでは、お仕置きのルールを説明します。
今から私は、あなたの下半身にエッチな悪戯をします。
……どこを触るか……それは教えられません。
ただ、場所が場所ですから、脱がしたりは致しません。
あくまでも、ジーンズの上からということになります。
……あと、あなたがすべきことは、私に逆らわないこと。
ひたすら、手すりにでも掴まって耐えていて下さい。
時間は、あなたが降りる駅に電車が着くまで……
……後、15分位でしょうか。
……ああ、そうでした。
エッチな声を出しても構いませんが、程程にお願いしますよぉ。
何といっても、公共の場ですからねぇ……ククククッ……」

わたしは、振り返らずに大きくうなづいた。
まったく、ふざけきったルール……
でも、従うしかないよね。

自分に出来るのは、ただ耐えることだけ……
金属の支柱を両手で握り締めて、男を誘うように足をひらいて、好きなように嬲られる。
その間、じっとしていればいい。

……でも、辛いよね。
いつも乗る電車で、痴漢の真似ごとさせられるんだから……

どうか、誰も気付きませんように……



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いつもと違う朝の風景























(十九)


八月 十二日 火曜日 午前八時四十分  早野 有里
   


わたしが、駅に着いたのは、通勤時間のピークをやや過ぎた頃だった。
駅の構内は、急ぎ足で頑張るサラリーマンさんに混じって、若さと体力を持て余した……要するに、わたしのような学生を、ちらほらと見かけるようになる。

ちょうど、上りの電車が出発した直後なのか、改札口は、降りて来る乗客で込み合っていた

わたしも、その間を縫うようして、いつものようにショルダーバッグから定期券を取り出し……?!
?!……ピタッと歩みが止まった。

後ろに続く若い男性が、不満そうに溜息を吐きながら、わたしの横をすり抜けて行く。

「どうして、あなたが……!?」

顔が一瞬で強張った。

ひとりの男が券売機の端から、手招きしている。
その空間は、エアーポケットのように人気がなくて、まるで人払いの結界でも張っているよう……

でも、ちょっと考えれば、理由は簡単に説明がつく。
この時間帯、乗客のほとんどは定期券を使用し、切符を購入する人なんて極少数だから……
その証拠に、わたしも定期券を持っている。
でも、それどころじゃないくらい、精神は追い詰められていた。

わたしは、誘われるままに、男の……ううん、副島の元へ歩いていた。

「有里様。おはようございます」

副島は、右手を胸に当てがい、頭を大きく下げて、テレビに出てくる執事のような態度で挨拶した。

わたしは一瞬、あっけに取られながら、早口でまくし立てた。

「やめて下さいッ! ……人が見ています。
それに、どうして、あなたがここに来るんですかッ……?」

わたしの地声が大きいのか、副島の態度に興味を惹かれるのか……
何人かのサラリーマンさんが、チラチラと、こちらを窺っている。

「そんな、朝から早口でしゃべらないで下さい。
……頭がキンキンしますよ。
……私は、朝が苦手なんですぅ」

「それなら、来なければいいでしょッ!」

「そうは参りません。私は、有里様の処女をいただいた者として、その後の体調を管理する義務があります。
……因みに、おま○この痛みは、取れましたかぁ?」

……今、何て言ったの……?!
みんながいる前で、また、禁断の単語を……!!

わたし、もう、この駅を利用できないかもしれない。
……ほら、見てよ。
この人のハスキー声に、また何人かがこっちを見ているじゃない。

「ちょっとぉッ、声が大きい。こんな人前で……よくも、そんな……
第一、そんな卑猥な質問……答えたくありませんッ!」

わたしは、改札口に背を向けて、顔を見られないように注意しながら、副島を睨みつけた。

「それは困りますねぇ。あなたは、私に従う義務があります。
……これを、お忘れですかぁ」

そう言うと、ズボンのポケットから折り畳んだ書類を取り出して、表彰式で賞状を渡すように、厳かに読み上げ始めた。

「えーっ、ひとーつ。私の時間、行動は、全て定められた管理者の管轄の下に……」

「……ちょっと、何の真似よッ!」

これって……わたしの契約書……!
……この人、こんなものを持ち出して……許せないッ!
それに、こんな姿を誰かに見られでもしたら……!?

「お願い。こんな所で読まないでよ……
…… ……
わかりました。答えるから……
あの……あそこは……まだ少し痛いです……」

目の周りが熱くなって、声を出そうにも喉が震えた。
そして、答えさせられながら、わたしの視線は周囲を走り回っている。

わたし、またこの男に苛められている。
公衆の中で、こんな恥ずかしい質問に答えさせられている。

「声が小さいですよぉ。それに、面白みのない答えですねぇ。
……まあ、いいでしょう。
それと、出血はしていませんか?
トイレで、ティッシュに血がつくとか……?」

「いえ、大丈夫です。出血もしていません。
……もういいでしょう……講義に遅れたくないのよ」

もう、こんなの嫌ッ! 
なんでもいいから早く理由を作って、この場を離れないと……

わたしは、わざと構内の時計に目をやり、乗客の列に戻ろうとした。

「待って下さいよぉ。
……今日は私も付いて行きます。
管理者は、契約者の生活全てを知る権利がありますからねぇ」

今、なんて言ったの?
この男と大学……? 
……冗談じゃないわよッ!
あー、想像しただけで、鳥肌が立ってくる。

わたしは、セールスを撃退するような目で、副島を睨みつけた。

「嫌よッ! そんなのお断りッ! 
第一、ここであなたに協力しても、わたしと父には、なんのメリットもないじゃない。
あなたとの行為は、病院のあの部屋だけで充分でしょ。
……それに、ここでは、あなたのだーい好きな撮影も、出来ませんよぉーだ……ふふっ……」

そう。嫌なことは、はっきりと……
そして、控えめ気味の嫌みを……
さあ今のうちに、早く逃げ出す口実を探さないと……

わたしは、この状況から脱出しようと、援軍を求めるように周囲をぐるりと見回した。
誰か知り合いでも……
でも、この男と一緒というのは困るし……

何か、良い材料はない……?
きみも、暇そうだから探してよ!

「いいえ、そうとも限りませんよぉ。
まあ、それは追々説明するとして……ちょっと切符を買うので、待っていてもらえませんか?
えーっと、小銭入れは……」

なによ、副島の自信過剰な態度は……
わたしは焦っているのに……ダメッ、イライラしてきた。

……ん? きみ、何を見ているの?

あっ、副島が財布から小銭を取り出そうと、中を覗き込んでる。

……そういうことね。
では、今のうちに……

わたしは、そーっと、男の背後に回ると、定期券を取り出した。
そして、一気にダッシュッ……!
目指すは、乗降客で込み合う改札口……

電光掲示板の文字が、目に飛び込んで来る。
残り1分で下り電車が発車……ッ!

「有里さぁーん。待って下さぁーい」

券売機の方から変な声が聞こえるけど、あれは、わたしには関係ありません。という顔? をして、2階の乗降ホーム目掛けて全力疾走した。

目の前に、エスカレーターと階段が立ち塞がる。

……さあ、どっち?

わたしは、迷わず階段を選択すると、一段飛ばしで一気に駆け上がる。
猛然としたダッシュに、何人かの乗客が、驚いて振り向き立ち止まった。

でも、今はそれどころじゃないの、ごめんね。
胸の中で手を合わせながら、ラストスパートをかける。

これってまるで、高校時代にやらされた階段ダッシュみたい。
まさかこんな時に、部活で先輩にしごかれた経験が、役に立つなんて……

ホームに駆け上がったわたしの前方に、銀色の車両が姿を現した。

……息が上がってくる。
鈍い痛みが、再び股のつけ根を襲ってくる。

でも、あの男と一緒の一日を想像すると、こんなの全然我慢できる。

もう少し……なんとか間に合いそう。

わたしは、空いている扉からすれすれで駆け込んだ。
同時に発車ブザーが鳴り、背後の扉が、エアー音を二度残しながら閉まっていった。

「はあっ、はあ……はあっ、はぁ……」

こんなにハードに身体を動かしたのは、何カ月ぶりだろう。
まだ、心臓がドクンドクンと鳴っている。
こんなことなら、毎朝、ジョギングか何かしておけば良かったかな。

「すーっ、はぁー。すーっ、はぁー……」

わたしは呼吸を整えようと、大きく息を吸い込み、ゆっくり吐き出し、それを何度か繰り返した。

窓の外の景色がゆっくりと流れ出し、車両は軽いモーター音を響かせながら、何事もなかったように走り始めた。

……まさか、乗ってないよね。

わたしはさりげなく周囲を見回して、安心したように、ふーっと息を吐き出した。
気が抜けたせいか、髪の生え際から玉粒みたいな汗が、後から後から流れ出し、ほっぺたから首筋をベットリ濡らしている。

「どうして朝から、こんな目に会わなきゃならないのよッ……!」

わたしは腹立たしげにつぶやきながら、いつもの定位置に身を寄せると、ショルダーバッグからハンカチを取り出し、押えるようにして丁寧に汗を拭い始めた。

もう、こんなのこりごり……

きみも、疲れたでしょ?
わたしの後ろをピタッと付いて来てたもんね。
なかなか、やるじゃない。

……ああ、そうだ。さっきはありがとうね。
おかげで、あの男を振り切ることが出来たしね。
これからも、よろしく頼むよ。



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新たなコレクション候補























(十八)


八月 十一日 月曜日 午後十一時三十分  松山
   


        「勤務態度は、特に問題なしと……過去に、過失経験もなし。次は……」

        私は、ファイルに添付された資料と手元にある写真を見比べながら、最
        終候補者の選定作業をしていた。

        経歴、家族関係、容姿など、数多くの条件をクリアーしなければ、あの
        お方……時田謙一のコレクションに加わるのは、難しいだろう。
        それだけに、候補者の選定は慎重でなければならない。

        もう一度、数枚のスナップ写真に目を落とす。

        水上千里 21歳 看護士。

        ……この女でいく。
        私は、決断した。

        最後の決め手は直感……そう、勘ってやつだ。
        慎重なうえにも慎重を重ねて、決断は自分の本能で一気に……
        これまでも、このやり方でうまくいった。

        あとは、調教場所の確保だが……これがまずいことになっている。
        本来なら、あの薬剤倉庫が、うってつけの調教部屋だったが、ついこの
        前、副島がリフォームと称して、自分専用の部屋に改築してしまった。

        あの副島という男……私は好きになれないが、時田とあいつは、伯父、
        甥の関係にあたり、うかつに手を出すことが出来ない。

        ……どうしたものか?

        最悪の場合は、勤務時間内の職場調教というのも、考慮しないといけな
        いかもしれない。
        ……まあ、これも一興としておこう。

        それにしても、副島が担当する早野有里という少女は、実にいい素材だ。
        あの副島を、一瞬でも腑抜けにするとは……
        仕込めば、相当なコレクション価値を生むかもしれない。

        しかし、初日にしても少々手緩過ぎないか。
        あれでは、時間ばかり浪費することになると思うが……
        まあ、上手くいかないとなれば、それはそれで好都合だが……
        ここはお手並み拝見というところか。

        私も明日から忙しくなりそうだ。
        暇を持て余す副島と違い、私は医師としての顔もある。
        そこのところを、時田には理解して欲しいのだが……
        愚痴はもう言うまい。

        今は、この女のコレクション価値を、どれだけ高めることが出来るか?
        それによって評価を上げるしか、私には選択肢がないのだから……




八月 十二日 火曜日 午前八時一五分    早野 有里



        「行ってきます……」

        わたしは、送り出す人がいない玄関で、いつものようにあいさつした。
        お母さんが、パートの仕事に就いてからは、最後に家を出るわたしが、
        戸締りをするのが日課になっている。

        でも今朝のわたしの声は、自分でも驚くほど元気がない。

        玄関のドアを閉めて、鍵を掛ける。
        そして、自分の家を見上げるようにして、もう一度つぶやいた。

        「……行ってくるね」



        わたしは、ショルダーバッグを肩に掛け直すと、駅に向かって歩き始め
        た。

        ……んん?

        塀に寄り掛かるようにして、わたしを待っている人がいる。

        おはよう……

        昨日は御苦労さまって言いたいところだけど……どうして、いなくなっ
        たのよ。
        きみのせいで、あの後わたし……ひとりだけになって、メチャクチャ怖
        い思いをしたんだから……

        ……それで、大丈夫だったかって……?

        大丈夫でなければ、ここにはいないわよ!
        少しは反省して、責任とってよッ!

        …… ……ふふっ。
        ……なーんてね……冗談よ。

        じつはね、きみがいなくなった後に、ちょっとしたラブロマンスがあっ
        たんだよ。
        ……でも、教えてあげなーい。

        ……ところで、きみは眠れた?

        わたしは、お父さんと一緒に、朝までグーッて感じ。

        ……でもね。朝からこんなこと言うのも何だけど、気持ちはとってもブ
        ルーなんだ。
        歩きながらになるけど、ちょっと付き合ってくれる……?



        「初めての、朝帰り……
        テレビドラマだと、ここで頑固親父の愛の平手打ちって場面だけど……
        わたしの場合、肝心の頑固親父がいないものね……
        まさか、お母さんがパシーンッてのも、どうかと思うし……
        ……でも、他にやり方なんて……」

        通りの商店が、開店の準備に取り掛かる頃、わたしは、思い出したよう
        に独り言をつぶやいては、後悔するように大きく息を吐いた。

        あれぇ、誰か挨拶してくれたような……?

        ……失敗したな。
        明るい笑顔、明るいあいさつは、わたしの代名詞なのに……

        きっとその人、わたしに無視されたと思って、気を悪くしているんじゃ
        ないのかな。

        ここは、思い切って、商店街の真ん中であいさつしようかな。
        おはようございまぁーす! って……

        ちょっと考えたけど、やっぱり止めた。
        これをやれば、明るさを通り越して、選挙の人か、怪しい人のどちらか
        になりそうだから……

        「うーん。病院に泊ったのは、失敗だったかな……」

        わたしは再び、今朝の出来事を思い返していた。

        予定では、玄関を開けると同時に、「ただいま」の明るいあいさつ……
        そして、普段通りを装って階段を上がる。
        そのまま、自分の部屋に逃げ込む……
        後のことは……それから考える……

        そのシナリオが、最初から崩れてしまった。

        「お帰り。有里……」

        玄関を開けると同時に、先に声を掛けたのは、お母さんの方だった。

        その瞬間、家に着くまで何度も練習した表情も……会話のネタも……
        行動も……あっという間に頭から消え去っている。
        覚えているのは、うわずった声での、か細い「ただいま」……
        ……それだけだった。

        お母さんは、それ以上、何も聞かずに出迎えてくれた。
        優しくて……愛情に満ちていて……温かい眼差しに……
        わたしは、顔を合わせることさえ忘れていた。

        「お腹すいたでしょ。朝ごはん……出来ているわよ」

        「……うん」

        テーブルには、温かいご飯に、熱いお味噌汁、手作り感のあるちょっと
        焦げた卵焼き……

        当たり前の風景……
        普段と変わりない朝食……

        それなのに……なんだろう……
        心が潰れるほど痛い。

        「……お母さん……先に顔洗ってくるね」

        ……声まで裏返っている。
        冷たい水で、潤いだした瞳をごまかして、普段通りを意識しながら席に
        座った。

        ……何を話したかって?

        ……そんなこと、覚えていない。
        わたしは、それどころではなかったから……
        朝ご飯を食べるのが、こんなに難しいなんて思わなかった……

        結局、お母さんは何も訊かなかった。
        そして、わたしを置いて先に出勤していった。

        わたしは、無言で見送りながら、自分に問い掛けていた。
        安堵感と孤独感……どちらを選ぶべきなのかと……




八月 十二日 火曜日 午前八時二十分    副島 徹也



        朝の通勤客で込み合う駅の構内で、ひとのの男が太い柱に寄り掛かって
        いた。
        上下とも高級そうなスーツに身を包んでいるが、髪型、表情から推測さ
        れる職業は、女を相手にする夜の職業、ホストを連想させた。

        その男は、時計に急き立てられるサラリーマンを横目に、ズボンの両ポ
        ケットに手を突っこんだまま、なにも持たず、なにをするでもなく、た
        だ、目を遊ばせている。

        ……どうせ、夜の仕事の後、女でも引っ掛けて朝帰りってところだろう。
        少なくとも、彼に好奇な視線を送る者には、そう見えているはずだ。

        ……半分は、当たっている。
        その彼自身も、心の内で認めた。
        ……だが、後の半分は動機からしてかなり違う。

        私は、昨日の行為を思い出し、無性に早野有里に会いたくなっていた。
        別に純粋な恋心が湧いたわけではない。
        寧ろ、その逆の意味での恋心である。

        この私の我を忘れさせた小娘……
        結果的にでも、この私が足を踏み外すのを、食い止めた小娘……

        私は、自然に頬が緩んでいるのに気が付き、表情を引き締めた。
        そして、改札口から反対方向に目を走らせると、小さくうなづいた。
        視界の端から、男の気配が消える。

        私は、自分に注がれる好奇な視線に動じることなく、駅から真っ直ぐに
        延びる大通りに、目を向けた。

        「もう、そろそろでしょうか。
        待っていますよ、私の命の恩人。可愛いお嬢様……」




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